難易度 ★★★★☆
三句三図・其の二
3作目「三句三図・露の間の三景」にて芭蕉翁の足跡を辿る謎を一つ仕立て申してより、早ひと月。再びこの形式にて、別なる詠み手を訪ぬる旅へお導き申さん。
絵に描かれし三幅、いづれも江戸の市井の景。酒樽と菖蒲、呉服屋の店先、夜半の長屋の蚤と夢 ── 一見ばらばらの景なれど、其の底に通ふ調べあり。身近きを、仰々しく、粋に詠み上ぐる ── かくも独特なる句風を持つ俳人、其の名や誰そ。
絵に詠まれし三句、仰々しき調べ
三幅の絵、其々に一句あり。
| 絵 | 詠まれし句 |
|---|---|
| 酒樽と菖蒲 | 今朝たんと 飲めや菖の 富田酒 |
| 呉服を裁つ | 越後屋に 衣さく音や 更衣 |
| 夢と蚤の跡 | 切られたる 夢は誠か 蚤のあと |
三句に共通するは、市井の景を「仰々しく」詠み上ぐる調べ。 師の翁、この弟子を評して曰く ──「定家の卿なり」と。
答えを見る
答へは 榎本其角(宝井其角とも)。
解き筋
三句、いづれも其角の代表作にござる。
| 絵 | 句 | 詠まれし景 |
|---|---|---|
| 酒樽と菖蒲 | 今朝たんと 飲めや菖の 富田酒 | 端午の朝、菖蒲酒を酌み交はす江戸の景 |
| 呉服を裁つ | 越後屋に 衣さく音や 更衣 | 衣替への日、越後屋の店先に響く裁ち鋏の音 |
| 夢と蚤の跡 | 切られたる 夢は誠か 蚤のあと | 夜半に目覚め、蚤の喰ひ跡を見つけし長屋の景 |
身近きを、仰々しく粋に詠み上ぐる ── これぞ其角の真骨頂にござる。
「定家の卿」の評
師たる芭蕉翁、其角の句風を評して「定家の卿なり」と申されたり。藤原定家 ── 平安の末より鎌倉初頭にかけ、新古今和歌集を編みし大歌人。江戸の市井に身を置きながら、定家の如く言葉を緻密に磨き上ぐる ── 其角は芭蕉門下にありて、独特の位置を占め申した。
「三句三図」シリーズの企て
| 作 | 題 | 詠み手 |
|---|---|---|
| 3作目 | 三句三図・露の間の三景 | 松尾芭蕉(『おくのほそ道』の三景) |
| 9作目 | 三句三図・其の二 | 榎本其角(其角の代表三句) |
詠み手を辿るに、道は一つにあらず。師より弟子へと、時代の流れに沿うて、はた江戸の地を巡って ── 「三句三図」の形式そのものを、これより折々に温めて参る所存にござる。
端午、衣替、夜半の蚤 ── いづれも江戸の人々の日常そのもの。其角はその一瞬を、定家の如き言葉の細工にて、永遠の景に仕立て申した。市井のうちに雅を見出す、これ其角の俳眼にござる。
次なる謎、また改めて。