蛍の見納め、川面の一句
水無月の宵、川辺に立てば、草葉の闇よりほのかな光ひとつ、またひとつ。蛍にて候。
夏の盛りも近づけば、この小さき灯も、やがて見納めの時を迎へまする。名残を惜しみて、手前、一句を短冊にしたためし候。されど、ただの蛍の句にはあらず ── 句のうちに、もうひとつの言葉を忍ばせ申した。
されば、御覧じよ。
蛍も名残の夕べ、一句を詠み申した。
江の闇に 燃ゆる蛍火 いざさらば
この一句の頭(かしら)に灯る光を繋ぎてみれば、言の葉に尽くせぬ、あの心地がふと顕るるはず。さて、その言葉はいかに。
句の頭(かしら)に灯る三つの光
これぞ「折句(をりく)」と申す古き趣向。各句のいちばん初めの一音だけを、上より順に拾ひ集めなされ。
たとへば初句「江の闇に」の頭は「え」。── かやうに三つを繋ぎて声に出さば、近頃の若き衆がよく口にする一語が、ふと顕るるはず。
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答え ── エモい
句の頭の一音を、上より順に拾へば ──
| 句 | 句頭 | 音 |
|---|---|---|
| 江の闇に | 江 | え |
| 燃ゆる蛍火 | 燃 | も |
| いざさらば | いざ | い |
え + も + い = エモい。
「エモい」とは、近頃の若き衆が、言葉に尽くせぬ趣深さ・懐かしさ・切なさを覚えしときに発する一語。世には英語 emotional より出でしと説かれること多し。
されど面白きは、古き世の言ひ回しに「えも言はれぬ」のあること。「えも」は「え+も」、下に打消を伴ひて「何とも言ひ表しがたきほど(趣深い)」の意を成す。音も意味も、今の「エモい」とふしぎに響き合ひ申す。── 語源の真偽はさておき、この符合の妙こそ一興にて候。
蛍の見納め、川面に消えゆく光を見送る、あの心地。まさしく「えも言はれぬ」もの。それを今の世は「エモい」の三文字に託す。千年を隔ててなほ、人は同じ情趣のまはりを巡りをるのかもしれませぬ。
問と解、その間(あはひ)に橋を架くるが、手前の生業(なりはひ)。古語と今様(いまよう)、千年を隔てし二つの言葉が、蛍火ひとつのもとに出会ふ ── さやうな夕べも、また一興にござる。