難易度 ★★★☆☆

三句三図・露の間の三景


現代語でも読めます

この作品は、現代語版作成中です。

三句三図・露の間の三景

三つの図が掲げてござる。

逆巻く川、苔むす巌、水辺の花。一つきりならば、いづれもただの景色にござる。

されど三つ、揃へて並べてござる。三つで一つの何かを指してをるゆゑにござらう。

御題

【作問修行】三句三図

我、奥羽へ旅せしほど、皐月の空の下にて行合ひし景色なり。

逆巻く大河も、静寂の岩も、水辺を飛ぶ鳥も、旅の半ばに目にせし露の間の輝きなり。

さるほどに、菅笠ひとつにて巡り、これらを句に遺しし旅人は誰か、分かるや。

絵を今いちど ── 三図に込めし景

絵を今いちど。三つの図、それぞれにこめし景なり。

  • 其の一・荒波の図 ── 五月雨に膨れあがりし大河、小舟ひとつ呑まれんとす。
  • 其の二・岩と蝉の図 ── 杉木立の奥、苔むす巌に蝉ひとつ。あたりは森閑として声もなし。
  • 其の三・菖蒲の図 ── 水辺に咲き乱るる花あやめ、空には初夏の鳥の影。

いづれも、ある旅人が句に遺せし露の間の景にて候。

答えを見る

答へは 松尾芭蕉(紀行『おくのほそ道』の旅)にござる。

図地句景
其の一・荒波最上川五月雨を あつめて早し 最上川五月雨を集めて水嵩を増し、激しく流れ下る大河
其の二・岩と蝉立石寺(山寺)閑さや 岩にしみ入る 蝉の声深山の静寂に、蝉の声のみが岩へ沁み入る
其の三・菖蒲安積(あさか)の沼辺ほととぎす 啼くや五尺の あやめ草丈高きあやめ草の上を、時鳥の啼き渡る初夏

三つの語が、旅人を指してござつた

「奥羽」「皐月」「菅笠ひとつの旅人」── これすなはち、元禄の世に陸奥・出羽を巡りし俳諧師の道行きにて候。三つの図はいづれも、その途上に詠まれし名句の景なり。

三つの句、いづれも皐月の奥羽路に生まれし露の間の輝き。これを菅笠ひとつにて巡りし旅人こそ、松尾芭蕉その人にて候。

★ 解いた御仁への、二つの土産話

一、荒波の句は、はじめ「涼し」にござつた。

同行せし河合曾良の『俳諧書留』によれば、五月二十九日、大石田の高野一栄の句座に出されし発句は ── 「五月雨を集て涼し最上川」。「早し」ではなく「涼し」にござる。

主の宅にて詠むゆゑの、客の挨拶にござつた。夏なれど五月雨を集めて涼しげな川がここに見えてござる、心地よき宅にて過ごさせて頂き有難う存ずる ── さう申してゐる句にて候。

芭蕉が実際に最上川を下りしは、その後のことにござる。濁流に舟を浮かべて初めて、「涼し」は「早し」へ改まり申した。

すなはち、其の一の図に描かれし荒波は、初案の句にはまだ無かつた景にござる。

二、蝉の句もまた、直されてござる。

曾良の書留に遺る初案は ── 「山寺や岩にしみつく蝉の声」。上五も、動詞も違うてござる。

「しみつく」は、声が岩の表に貼りつく姿にて候。それが「しみ入る」と改まりし折、声は岩の外から内へ入り申した。

上五の「山寺や」が「閑さや」へ移りしことと併せて読めば、この一句は初めから静かであつたのではなく、直されて静かになつたと申せませう。

露の間の景と申せども、その景は筆の上で幾度か姿を変へてござる。


芭蕉とその門下が俳諧の芯に据ゑしは、「さび」の一語にて候。古び、枯れたるものにこそ宿る趣 ── 岩にしみ入る蝉の声もまた、その一つにござりましょう。

思へば、この帖の一作目「秋味中抜の膳」の答へもまた、その「さび」を内に含みし言の葉にてござつた。三つ目の謎にして、はからずも同じ根へ立ち返り申した。

露の間の景と申せども、三百年を越えてなほ我らの目に映り候。旅人が遺せしは、たつた十七文字にて候。

次なる謎、また改めて。

三つの絵が掲げてあります。

荒れ狂う川、苔むした岩、水辺の花。一つだけなら、どれもただの風景です。

でも、三つ揃えて並べてある。三つで一つの何かを指しているのでしょう。

御題

【作問修行】三句三図

私が奥羽を旅していた頃、五月の空の下で行き合った景色です。

逆巻く大河も、静寂の岩も、水辺を飛ぶ鳥も、旅の半ばに目にした露のような一瞬の輝きでした。

さて、菅笠ひとつで巡り、これらを句に遺した旅人は誰でしょうか。

絵をもう一度 ── 三図に込めた景

絵をもう一度。三つの図、それぞれに込めた景色です。

  • 其の一・荒波の図 ── 五月雨で膨れあがった大河、小舟が一つ呑まれようとしています。
  • 其の二・岩と蝉の図 ── 杉木立の奥、苔むした岩に蝉が一匹。あたりは森閑として声もありません。
  • 其の三・菖蒲の図 ── 水辺に咲き乱れる花あやめ、空には初夏の鳥の影。

どれも、ある旅人が句に遺した一瞬の景色です。

答えを見る

答えは 松尾芭蕉(紀行『おくのほそ道』の旅)です。

図地句景
其の一・荒波最上川五月雨を あつめて早し 最上川五月雨を集めて水嵩を増し、激しく流れ下る大河
其の二・岩と蝉立石寺(山寺)閑さや 岩にしみ入る 蝉の声深山の静寂に、蝉の声だけが岩へ沁み入る
其の三・菖蒲安積(あさか)の沼辺ほととぎす 啼くや五尺の あやめ草丈の高いあやめ草の上を、ほととぎすが啼き渡る初夏

三つの語が、旅人を指していた

「奥羽」「皐月」「菅笠ひとつの旅人」── これはつまり、元禄の世に陸奥・出羽を巡った俳諧師の道行きです。三つの図はどれも、その途上で詠まれた名句の景色でした。

三つの句は、いずれも五月の奥羽路に生まれた一瞬の輝き。これを菅笠ひとつで巡った旅人こそ、松尾芭蕉その人です。

★ 解いた方への、二つの土産話

一、荒波の句は、はじめ「涼し」でした。

同行した河合曾良の『俳諧書留』によると、五月二十九日、大石田の高野一栄の句座に出された発句は ── 「五月雨を集て涼し最上川」。「早し」ではなく「涼し」です。

主人の家で詠むための、客としての挨拶でした。夏なのに五月雨を集めて涼しげな川がここに見えています、居心地のよいお宅で過ごさせていただきありがとうございます ── そう言っている句なのです。

芭蕉が実際に最上川を下ったのは、その後のことでした。濁流に舟を浮かべてはじめて、「涼し」は「早し」に改まったわけです。

つまり、其の一の図に描かれた荒波は、初案の句にはまだ無かった景色ということになります。

二、蝉の句も、直されています。

曾良の書留に残る初案は ── 「山寺や岩にしみつく蝉の声」。上五も、動詞も違います。

「しみつく」は、声が岩の表面に貼りつく姿です。それが「しみ入る」に改まったとき、声は岩の外から内へ入りました。

上五の「山寺や」が「閑さや」に移ったことと併せて読むと、この句ははじめから静かだったのではなく、直されて静かになったと言えるかもしれません。

一瞬の景色といっても、その景色は筆の上で何度か姿を変えているのです。


芭蕉とその門下が俳諧の芯に据えたのは、「さび」の一語でした。古び、枯れたものにこそ宿る趣 ── 岩にしみ入る蝉の声もまた、その一つなのでしょう。

思えば、この帖の一作目「秋味中抜の膳」の答えもまた、その「さび」を内に含んだ言葉でした。三つ目の謎にして、はからずも同じ根へ立ち返ったことになります。

一瞬の景色とはいっても、三百年を越えて今なお私たちの目に映ります。旅人が遺したのは、たった十七文字でした。

次の謎は、また改めて。

現代語でも読めます

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