旧国名に隠された本音
夏の日のこと、武家の娘あり申す。
心通わす若侍は、家祖を誇り、古事(ふるごと)を語るを好み申す。 されど、その語り口や次第に得意げに成り、ややもすれば人を見下す気色さえ漂い始めし候。
娘、おもむろに一枚の紙片を取り出し、若侍の手に渡し申す。 そこに記されしは、ただ三つの国の名のみ。
御題
歴史好きで見栄っ張りな彼氏に彼女が手渡した 「伊勢」「大和」「出羽」のメモ。
「あなた、歴史好きよね。 今の私の気持ち、受け取って」
彼女の隠された本音とは?
国名を、今の世の名に
旧き国の名、いずれも今の世にては、別の名にて呼びならわせり。 その読みを、ひらがなにて続けて読まれよ。
答えを見る
答え 「見栄なら飽きた」
旧国名を今の都道府県の読みに置き換え、ひらがなで連ね申す。
| 旧国名 | 今の世の名 | 読み | 真の意 |
|---|---|---|---|
| 伊勢 | 三重県 | みえ | 見栄 |
| 大和 | 奈良県 | なら | なら(ば) |
| 出羽 | 秋田県 | あきた | 飽きた |
連ねて読めば、「みえ・なら・あきた」 ── すなわち「見栄なら、飽きた」。
これぞ、娘の本音の文(ふみ)にござる。
仕掛けの妙、三つ
一. 「みえ」を「見栄」と読み替うる転(てん)
「三重」の読み「みえ」と、虚栄を意味する「見栄」── 同じ音にして、その意は天と地ほどに異なり申す。 視(め)に映る「見え」と、人に見られんとする「見栄」。 この一語の妙が、娘の心の機微を浮かび上がらせる。
二. 「なら」の二重(ふたえ)
「奈良」の読み「なら」は、地名にして接続助詞「ならば」に通ず。 地名のままでは意味を成さねど、ここで「ならば」と読み返すことで、初めて文意が立ち上がる。 地名と語法を一語に重ねし掛詞、これも一つの粋(すい)なり。
三. 出羽の分国(ぶんこく)
出羽国は、明治二年(一八六九)に 羽前(うぜん・今の山形県) と 羽後(うご・今の秋田県) に分かたれ申した。
ここで「山形(やまがた)」を選びては、文は「みえ・なら・やまがた」となり、意を成さず。 歴史好きの若侍ほどに、古き「出羽=羽前(山形)」を当てに行くやもしれぬ。 されど、答えは「秋田」にこそあり。
すなわち、若侍の歴史知識そのものが、娘の仕掛けの一部となっている。
人物造形こそ、仕掛けへの伏線
X投稿の文(ふみ)に、「歴史好きで見栄っ張りな彼氏」と記されし候。 これは単なる人物紹介に非ず、仕掛けへの二重の伏線にござる。
- 「歴史好き」── 旧国名を今の都道府県に変換せよ、との示唆
- 「見栄っ張り」── 「見え」を「見栄」と読み替えよ、との示唆
つまり、若侍自身の人となりが、解の鍵を兼ね申す。 娘の文(ふみ)は、若侍にだけ意味を成す ── 否、若侍のような者にだけ刺さる、誂(あつら)えの謎なり。
これぞ、本作の真の妙味。
地名は、ただの記号に非ず。 その音(ね)に込められし意を聞き分くる耳ありてこそ、人の本音もまた、聞こゆるものにござる。
次なる謎、また改めて。