難易度 ★★☆☆☆

継ぐと鳴る


現代語でも読めます

この作品は、現代語版作成中です。

継ぐと鳴る

古き紙の上に、二つの絵が並べてござる。

一つきりならば、いづれもただの絵にござる。されど二つ、上下に揃へて置いてござる。

判じ絵と申すは、描かれし物の名を音として拾ふ遊びにて候。

御題

【作問修行】継ぐと鳴る

二つの絵をごらうじろ。

名を継いで読めば、一つの器が立ち申す。

食ふ物にはあらず。楽を奏でる器にござる。

さて、何と申す。

絵を今いちど ── 上に一尾、下に一人

絵を今いちど。二つの図、それぞれが名を一つ持つてござる。

  • 上の図 ── 一尾の魚。赤き鱗に、張りたる鰭。めでたき席に必ず据ゑらるる、あの魚にて候。
  • 下の図 ── 幼き者が一人。髷を結ひ、単衣に草履。

上より下へ。判じ絵は、読む順もまた仕掛けの内にござる。

答えを見る

答へは たいこ(太鼓)にござる。

図描かれし物拾ふ音
上鯛たい
下子こ

上より下へ、名を継ぐ

鯛の名は「たい」、子の名は「こ」。上より下へ継げば「たいこ」にて候。

題の「継ぐと鳴る」は、この作法をそのまま告げてござつた。継げば、鳴る ── 名を継いだ先に立つは、打てば鳴る器にござる。

口上の「食ふ物にはあらず」の一句は、鯛と子の二つが膳の縁に見ゆるゆゑ、そちらへの道を先に閉ぢたものにて候。魚の卵の類へ迷ひ込まぬやう、戸を一枚立て申した。

★ 解いた御仁への、二つの土産話

一、江戸にも「たいこ」の判じ絵がござつた。

一隅斎芳廉の『しん板手あそびづくしはんじもの』に、鯛の頭を持つ子どもの図が載つてござる。鯛と子を一つの体に畳み、一枚の絵で「たいこ」と読ませる趣向にて候。

本作は鯛と子を別々に置き申した。同じ音へ辿る道でありながら、絵の姿はまるで違ふものになり申す。二音に割る割り方は一つきりなれど、それをどう描くかは、幾通りもござるといふことにて候。

二、逆から組んだ判じ絵も、また在り申す。

歌川国盛の「さかなのはんじもの」には、太鼓の中央を欠いた図が置かれてござる。「たいこ」から真ん中の「い」を抜けば「たこ」── 蛸にて候。

こなたは名を継いで太鼓へ至り、かなたは太鼓を崩して蛸へ至る。同じ器が、寄せる側と崩す側の両方から遊ばれてござる。

別解のこと

「たいこ」と読める語は他にもござれど、いづれも絵と繋がり申さぬ。

  • 太古・退去 ── 音は同じなれど、鯛と子の絵から意味が通ひませぬ。加へて口上が「楽を奏でる器」と告げてござる。
  • 太閤 ── 「たいこう」にて、一音多うござる。
  • 魚の卵の類(たらこ・かずのこ・鯛の子) ── 最も紛らはしき道にて、口上の「食ふ物にはあらず」がこれを閉ぢ申した。

おまけ

この謎には、翌日に一つ添へ申した。答へを知りたる上で、今いちど。

【おまけ謎】

昨日の器、江戸城では楽を奏でてはをらなんだ。

御座所に近すぎるとて鐘を町へ移し、代はりにこれを打ち申した。

城の門が開くも閉づるも、この音次第。

さて、打つて何を告げてゐたか。

鐘が町へ移りし、その後のこと

町の暮らしにて、鐘は何を告げる物にござつたか。

その鐘が城から退き、代はりに据ゑられたのが、この器にござる。役目までは、退いてをり申さぬ。

答えを見る

答へは 時(とき)にござる。

徳川秀忠の頃、時の鐘は江戸城西の丸に据ゑられてござつた。されど鐘楼堂が御座所に近く差し障りありとて、寛永三年〔一六二六〕、鐘は本石町三丁目へ移され申した。

城内に残されしは、鐘に代はる太鼓にござる。以後、城中の諸行事も、城門の開閉も、この太鼓の時報によりて運ばれてござつた。

すなはち本作の答へ「太鼓」は、江戸城にありては楽を奏でる器にあらず、刻を告げる器にござつた。


判じ絵と申すは、物の名から意味を剥ぎ、音だけを拾ふ遊びにて候。描かれし物は己の意味を脱ぎ、ただ音として並び申す。

されどおまけまで解かれし御仁は、もう一度その逆を辿られたことになり申さう。音として組み上げた器が、こたびは江戸城にて別の役を負ひ、意味を纏ひ直してござる。

剥いで、また着せる。判じ絵の面白みは、そのあたりに在るのやも知れませぬ。

次なる謎、また改めて。

古い紙の上に、二つの絵が並べてあります。

一つだけなら、どちらもただの絵です。でも二つ、上下に揃えて置いてある。

判じ絵というのは、描かれた物の名前を音として拾う遊びです。

御題

【作問修行】継ぐと鳴る

二つの絵をご覧ください。

名前を継いで読めば、一つの器が立ち上がります。

食べ物ではありません。音楽を奏でる器です。

さて、何というでしょう。

絵をもう一度 ── 上に一尾、下に一人

絵をもう一度。二つの図には、それぞれ名前が一つずつあります。

  • 上の図 ── 一尾の魚。赤い鱗に、張った鰭。めでたい席に必ず据えられる、あの魚です。
  • 下の図 ── 幼い者が一人。髷を結い、単衣に草履。

上から下へ。判じ絵は、読む順番もまた仕掛けの一部です。

答えを見る

答えは たいこ(太鼓)です。

図描かれた物拾う音
上鯛たい
下子こ

上から下へ、名を継ぐ

鯛の名は「たい」、子の名は「こ」。上から下へ継げば「たいこ」になります。

題の「継ぐと鳴る」は、この作法をそのまま告げていました。継げば、鳴る ── 名を継いだ先に立つのは、打てば鳴る器というわけです。

御題の「食べ物ではありません」の一句は、鯛と子の二つが食卓の縁に見えるので、そちらへの道を先に閉じたものです。魚の卵の類へ迷い込まないよう、戸を一枚立てておきました。

★ 解いた方への、二つの土産話

一、江戸にも「たいこ」の判じ絵がありました。

一隅斎芳廉の『しん板手あそびづくしはんじもの』に、鯛の頭を持つ子どもの図が載っています。鯛と子を一つの体に畳み、一枚の絵で「たいこ」と読ませる趣向です。

本作は鯛と子を別々に置きました。同じ音へ辿る道でありながら、絵の姿はまるで違うものになります。二音に割る割り方は一つきりですが、それをどう描くかは、いくつもあるということです。

二、逆から組んだ判じ絵も、また在ります。

歌川国盛の「さかなのはんじもの」には、太鼓の中央を欠いた図が置かれています。「たいこ」から真ん中の「い」を抜けば「たこ」── 蛸です。

こちらは名を継いで太鼓へ至り、あちらは太鼓を崩して蛸へ至る。同じ器が、寄せる側と崩す側の両方から遊ばれているわけです。

別解のこと

「たいこ」と読める語は他にもありますが、どれも絵と繋がりません。

  • 太古・退去 ── 音は同じですが、鯛と子の絵から意味が通いません。加えて御題が「音楽を奏でる器」と告げています。
  • 太閤 ── 「たいこう」で、一音多くなります。
  • 魚の卵の類(たらこ・かずのこ・鯛の子) ── 最も紛らわしい道で、御題の「食べ物ではありません」がこれを閉じました。

おまけ

この謎には、翌日に一つ添えました。答えを知ったうえで、もう一度。

【おまけ謎】

昨日の器は、江戸城では音楽を奏でていませんでした。

御座所に近すぎるとして鐘を町へ移し、代わりにこれを打っていたのです。

城の門が開くのも閉じるのも、この音次第。

さて、打って何を告げていたのでしょう。

鐘が町へ移った、その後のこと

町の暮らしにおいて、鐘は何を告げる物だったでしょうか。

その鐘が城から退き、代わりに据えられたのがこの器です。役目までは、退いていません。

答えを見る

答えは 時(とき)です。

徳川秀忠の頃、時の鐘は江戸城西の丸に据えられていました。しかし鐘楼堂が御座所に近く差し障りがあるとして、寛永三年〔一六二六〕、鐘は本石町三丁目へ移されます。

城内に残されたのは、鐘に代わる太鼓でした。以後、城中の諸行事も、城門の開閉も、この太鼓の時報によって運ばれていきます。

つまり本作の答え「太鼓」は、江戸城にあっては楽を奏でる器ではなく、刻を告げる器だったわけです。


判じ絵というのは、物の名前から意味を剥ぎ、音だけを拾う遊びです。描かれた物は自分の意味を脱ぎ、ただ音として並びます。

でもおまけまで解かれた方は、もう一度その逆を辿ったことになります。音として組み上げた器が、今度は江戸城で別の役を負い、意味を纏い直している。

剥いで、また着せる。判じ絵の面白さは、そのあたりに在るのかもしれません。

次の謎は、また改めて。

現代語でも読めます

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