仕舞ひ残しの間
薄暗い座敷に、夏の設へがそのまま残されてござる。
天井より吊るされたものが四方へ裾を垂れ、その網ごしに、奥の建具が透けて見え申す。畳の上にも、いくつか物が置かれたまま。灯りも無く、外の景も無い。道具ばかりが、静かに残つてをる。
秋は近い。それでもこの一間は、まだ夏を仕舞うてをらぬ。
御題
【作問修行】仕舞ひ残しの間
秋も近しと申すに、この間、夏のままにござる。
戸も、床も、手元の物も、まだ仕舞はれてをらぬ。
されど一つ、この座に在るはずのなきものが紛れてござる。
江戸の世の夏を知らぬ道具が、ひとつ。
さて、いづれにござるか。
古めかしく見えることと、古いことは、別にござる
この座敷に、ことさら「昔の夏」らしい顔をしたものがござらぬか。
その顔つきを、いま一度お疑ひあれ。
答えを見る
答へは 蚊取線香 にござる。
| 品 | 席 | 世に出でし頃 |
|---|---|---|
| 蚊取線香 | 畳・白皿の上 | 明治二十一年に粉、二十三年に棒状、二十八年に渦巻 |
| 葭戸 | 建具 | 万治三年(1660)の句集に既に見え、芭蕉・西鶴らも詠む |
| 蚊帳 | 天井より吊る | 「萌葱の蚊帳」の棒手売が江戸の初夏の風物詩 |
| 団扇 | 畳 | 江戸期に庶民へ広く行き渡る。安政年間、丸亀にて年八十万本 |
| 簟 | 畳 | 『和漢朗詠集』(1018頃)に見え、元禄六年の草子にも出る |
一つだけ、世が違うてござつた
蚊取線香を手がけしは 上山英一郎。除虫菊を用ゐて、まづ 明治二十一年に粉のもの を、次いで 明治二十三年に棒状のもの を世に出し、今我らの知る 渦巻の形が現れしは明治二十八年 にござる。
粉から棒へ、棒から渦へ ── 形の定まるまでに、七年を要してござる。
すなはち、この座敷の五点のうち四点は江戸の世を確かに生きてござつたが、白皿の上の一本だけは、江戸が終はりてより二十余年の後 に生まれた物にござつた。
面白きは、この一点が 五つのうち最も古びて見える ことにござらう。渦を巻いた線香ほど「昔の夏」の顔をした物もござらぬ。されど実のところ、この座敷でただ一人の新参にござつた。
★ 解いた御仁への、二つの土産話
一、では江戸の人は、蚊をどう追うてゐたのか。
蚊取線香が無かつたとて、蚊が居なんだわけではござらぬ。江戸の夏の座敷にあつたのは 蚊遣火(かやりび) にござる。
青松葉や榧(かや)の木を燻べ、その煙で蚊を追ふ。香で仕留めるのでなく、煙で追ひ払ふ ── 同じ役目を、まるで違ふ理でこなしてござつた。
すなはち、あの白皿の上に置かれるべきであつたのは、渦ではなく 煙 にござる。
二、ラムネもまた、江戸に在り申した。
「明治の物」と思はれがちな品にも、実は江戸を生きてゐたものがござる。ラムネはその一つ ── 嘉永六年、黒船とともにこの国へ渡り申した。
明治になつて現れたのは、飲み物の方ではなく 瓶の方 にござる。あの玉で栓をする瓶が輸入されたは、明治二十年のことにござつた。
つまりラムネは、中身は江戸、器は明治。物の齢は、一つの品の中でさへ揃うてをらぬものにござる。
別解のこと
受ける ── 蚊取線香/蚊取り線香/渦巻の線香/除虫菊の線香。表記の揺れは問ひ申さぬ。
惜しい ── 蚊遣火(かやりび)・蚊遣り。絵を見て「これは蚊を遣らふ道具」と読まれたならば、目の付け所は正しうござる。されど上に述べたとほり、蚊遣火は江戸の夏の道具 にござる。本問が尋ねてをるは「江戸の世に 無い もの」ゆゑ、ここだけが裏返しにござつた。
受けぬ ── 「線香」単独。仏前の線香は江戸の世に確と在り、まつたくの別物にござる。
おまけ
【おまけ謎】
昨日の座敷、明治の物が一つ紛れてござつた。
さて、今度は逆にござる。
三つのうち、江戸の世に在つたはどれか。
一、人力車 二、扇風機 三、切手
一つだけ、確かに在り申した。
新しく見えることと、新しいことは、別にござる
この三つに、ことさら「明治の物」らしい顔をしたものがござらぬか。
その顔つきを、いま一度お疑ひあれ。
答えを見る
答へは 扇風機 にござる。
| 札 | 世に出でし頃 |
|---|---|
| 扇風機 | 江戸後期の手回しの物が現存。団扇四本を、後方の取つ手で紐の掛かつた盤を回して動かす |
| 人力車 | 明治二年(1869)。翌三年、日本橋にて開業 |
| 切手 | 明治四年三月一日(1871)。竜文切手 |
現物が、今も遺つてござる
江戸東京博物館に、蒔絵を施した手回しの扇風機が納められてござる。団扇を四本備へ、後方の取つ手で紐の掛かつた盤を回す仕掛けにて、年代は「江戸後期から明治初期・十九世紀」と記されてござる。
もつとも、これは蒔絵を施した高価な品にて、町の誰もが用ゐてゐたとまでは申せませぬ。江戸の世に在つた ── そこまでにござる。
国産の電気扇風機が現れますは 明治二十七年(1894)の芝浦製作所。風を起こす器そのものは、電気より先に在り申した。
外した二つのこと
人力車は明治二年、和泉要助ら三名を明治政府が発明者と認めてござる。もつとも 異国に先があつたとする説 もござつて、明治三十二年の帝国議会でもなほ議論が難航いたしました。されど「江戸の世の日本には無かつた」ことは動き申さぬ。
切手は明治四年三月一日。竜文切手 と申し、薄手の和紙にて目打も裏糊も無く、一辺十九・五粍は今に至るまで日本最小にござる。国の名すら記されてをりませぬ。──江戸に飛脚の在つたことを思へば、迷はれた御仁も多うござつたか。
除虫菊の草から粉が生まれ、粉が棒になり、棒が渦を巻くまでに七年。その渦がいつしか「日本の夏」そのものの顔になり申した。
思へば、あの座敷に置かれし五点のうち、最も古めかしく見えた一点が、最も若うござつた。物の齢は、見た目には現れぬものにござる。
次なる謎、また改めて。
薄暗い座敷に、夏の設えがそのまま残されています。
天井から吊るされたものが四方へ裾を垂らし、その網ごしに、奥の建具が透けて見えます。畳の上にも、いくつか物が置かれたまま。灯りもなく、外の景色もない。道具ばかりが、静かに残っています。
秋は近い。それでもこの一間だけは、まだ夏を仕舞っていません。
御題
【作問修行】仕舞ひ残しの間
秋も近いというのに、この部屋は、夏のままです。
戸も、床も、手元の物も、まだ仕舞われていません。
けれど一つ、この座にあるはずのないものが紛れています。
江戸の世の夏を知らない道具が、ひとつ。
さて、どれでしょうか。
古めかしく見えることと、古いことは、別です
この座敷に、ことさら「昔の夏」らしい顔をしたものがありませんか。
その顔つきを、もう一度疑ってみてください。
答えを見る
答えは 蚊取線香 です。
| 品 | 席 | 世に出た頃 |
|---|---|---|
| 蚊取線香 | 畳・白皿の上 | 明治二十一年に粉、二十三年に棒状、二十八年に渦巻 |
| 葭戸 | 建具 | 万治三年(1660)の句集にすでに見え、芭蕉・西鶴らも詠む |
| 蚊帳 | 天井から吊る | 「萌葱の蚊帳」の棒手売が江戸の初夏の風物詩 |
| 団扇 | 畳 | 江戸期に庶民へ広く行き渡る。安政年間、丸亀で年八十万本 |
| 簟 | 畳 | 『和漢朗詠集』(1018頃)に見え、元禄六年の草子にも登場 |
一つだけ、時代が違っていた
蚊取線香を手がけたのは 上山英一郎。除虫菊を使い、まず 明治二十一年に粉のもの を、次いで 明治二十三年に棒状のもの を世に出し、いま私たちの知る 渦巻の形が現れたのは明治二十八年 でした。
粉から棒へ、棒から渦へ ── 形が定まるまでに、七年かかっています。
つまり、この座敷の五点のうち四点は江戸の世を確かに生きていましたが、白皿の上の一本だけは、江戸が終わってから二十年あまり後 に生まれた物だったわけです。
面白いのは、この一点が 五つのうち最も古びて見える ことでしょう。渦を巻いた線香ほど「昔の夏」の顔をした物もありません。けれど実のところ、この座敷でただ一人の新参者でした。
★ 解いた方への、二つの土産話
一、では江戸の人は、蚊をどうやって追っていたのか。
蚊取線香がなかったからといって、蚊がいなかったわけではありません。江戸の夏の座敷にあったのは 蚊遣火(かやりび) でした。
青松葉や榧(かや)の木をいぶし、その煙で蚊を追う。香で仕留めるのではなく、煙で追い払う ── 同じ役目を、まるで違う理屈でこなしていたわけです。
つまり、あの白皿の上に置かれるべきだったのは、渦ではなく 煙 でした。
二、ラムネもまた、江戸にありました。
「明治の物」と思われがちな品にも、実は江戸を生きていたものがあります。ラムネはその一つ ── 嘉永六年、黒船とともにこの国へ渡ってきました。
明治になって現れたのは、飲み物のほうではなく 瓶のほう です。あのビー玉で栓をする瓶が輸入されたのは、明治二十年のことでした。
つまりラムネは、中身は江戸、器は明治。物の齢は、一つの品の中でさえ揃っていないものなのですね。
別解のこと
受けます ── 蚊取線香/蚊取り線香/渦巻の線香/除虫菊の線香。表記の揺れは問いません。
惜しい ── 蚊遣火(かやりび)・蚊遣り。絵を見て「これは蚊を追い払う道具だ」と読まれたなら、目の付け所は正しいのです。ただ上で述べたとおり、蚊遣火は江戸の夏の道具 です。この問いが尋ねているのは「江戸の世に ない もの」ですから、ここだけが裏返しでした。
受けません ── 「線香」単独。仏前の線香は江戸の世に確かにあり、まったくの別物です。
おまけ
【おまけ謎】
昨日の座敷、明治の物が一つ紛れていました。
さて、今度は逆です。
三つのうち、江戸の世にあったのはどれでしょう。
一、人力車 二、扇風機 三、切手
一つだけ、確かにありました。
新しく見えることと、新しいことは、別です
この三つに、ことさら「明治の物」らしい顔をしたものがありませんか。
その顔つきを、もう一度疑ってみてください。
答えを見る
答えは 扇風機 です。
| 札 | 世に出た頃 |
|---|---|
| 扇風機 | 江戸後期の手回しの物が現存。団扇四本を、後方の取っ手で紐の掛かった盤を回して動かす |
| 人力車 | 明治二年(1869)。翌三年、日本橋で開業 |
| 切手 | 明治四年三月一日(1871)。竜文切手 |
現物が、今も遺っている
江戸東京博物館に、蒔絵を施した手回しの扇風機が納められています。団扇を四本備え、後方の取っ手で紐の掛かった盤を回す仕掛けで、年代は「江戸後期から明治初期・十九世紀」と記されています。
もっとも、これは蒔絵を施した高価な品で、町の誰もが使っていたとまでは言えません。江戸の世にあった ── そこまでです。
国産の電気扇風機が現れるのは 明治二十七年(1894)の芝浦製作所。風を起こす器そのものは、電気より先にあったわけです。
外した二つのこと
人力車は明治二年、和泉要助ら三名を明治政府が発明者と認定しています。もっとも 海外に先があったとする説 もあって、明治三十二年の帝国議会でも議論が難航しました。ただ「江戸の世の日本にはなかった」ことは動きません。
切手は明治四年三月一日。竜文切手 といい、薄手の和紙で目打も裏糊もなく、一辺十九・五ミリは今に至るまで日本最小です。国名すら記されていません。──江戸に飛脚があったことを思えば、迷った方も多かったのではないでしょうか。
除虫菊の草から粉が生まれ、粉が棒になり、棒が渦を巻くまでに七年。その渦がいつしか「日本の夏」そのものの顔になりました。
思えば、あの座敷に置かれた五点のうち、最も古めかしく見えた一点が、最も若かったのです。物の齢は、見た目には現れないものですね。
次の謎は、また改めて。