難易度 ★★★☆☆

軒三灯・打ち物の宵


現代語でも読めます

この作品は、現代語版作成中です。

軒三灯・打ち物の宵

鍛冶町の軒に、提灯が三つ。

一本の紐に縦に連なつて、闇の中に灯つてござる。胴の骨は横に走り、その線がゆるく弧を描いてをる。

正面に見ゆる字は、上より「こ」「と」「の」。並べて読めば「ことの」── 言ひさしのやうにござるが、これでは何も打ち上がつてをり申さぬ。

御題

【作問修行】軒三灯・打ち物の宵

鍛冶町の夜更け。火床は赤く、槌の響きが絶え申さぬ。
打ち手は主ひとり。軒に提灯が三つ、縦に吊られてござる。

胴にはめいめい、五つの字。
こちらを向いてをるは、そのうちの一つきり。

さて、この夜に打ち上がりしは何にござる。

その五つは、誰もが子供の頃に覚えた並びにござる

胴に書かれた五つの字は、思ひつきで並んでをりませぬ。

こちらを向いた一字の前にも後ろにも、順序の定まつた字が控へてござる。

答えを見る

答へは かたな(刀)にござる。

三筋そろうて、ひとつ下へ。

筋胴のひと巡り正面ひとつ下
上か き く け ここか
中た ち つ て ととた
下な に ぬ ね ののな

胴に書かれてござつたは、それぞれ か行・た行・な行。正面の三字はいづれも行のしまひの五つ目にて、ひとつ下へ送れば胴をひと巡りし、行の頭へ戻り申す。

答への三字が、そのまま行の名にござる

一本目の軒三灯・秋の夜では、正面の「ち・か・ま」が た行の二つ目、か行の一つ目、ま行の一つ目と、筋ごとに立つ位置が違うてござつた。

此度の「こ・と・の」は、三つとも行のしまひに立つてござる。ひとつ下へ送れば、三つそろうて行の頭へ戻る。すなはち答への「か・た・な」は、胴に書かれた三つの行の名そのものにござる。

ゆゑに、送る手順を踏まずとも「これは何行の字か」と問ふだけで答へが立ち申す。盤の巡り合はせが開いた近道にて、これも正しき道として受けてござる。

題の「打ち物」が負うたもの

一本目は題が季〔秋の夜〕を負ひ、季を持たぬ語を落としてござつた。此度は季を置かず、替はりに答への種類を題へ負はせ申した。

「打ち物」とは、刀剣の類を指す語にござる。下の別解の節に挙げた一語は、この一句で落ちてござる。

★ 解いた御仁への、二つの土産話

一、江戸には、鍛冶の町がござつた。

江戸の町は、職ごとに住まふ所が分けられてござつた。鍛冶もまた町を成し、神田鍛冶町は鍛冶師高井弥蔵・鋳物師椎名伊予の拝領地、南鍛冶町は鍛冶の国役を務める者どもの集まり住んだ所にて、今の八重洲二丁目・京橋二丁目のあたりにござる。

城下町に「鍛冶町」の名が多いは、鍛冶職人を住まはせた町ゆゑにござる。軒に提灯を三つ提げる町屋の景は、さうした町に置いて無理がござらぬ。

── ただし、刀を鍛へる刀鍛冶と、町の鍛冶屋が同じ町に居たかまでは、確かめ得てござらぬ。

二、夜に打つたかは、分かり申さぬ。

鍛冶は火床の色を見ながら仕事を進めると申す。さすれば暗い刻のはうが見やすからうと思ひ、幾度か調べ申したが、夜に打つたと記す資料には行き当たり申さなんだ。

ゆゑに口上の「夜更け」は、事の証しを申すものにあらず、景の設へにござる。「無い」とは申しませぬ。見つからなんだ、と申すまでにござる。

別解のこと

受ける:かたな ただ一つにござる。刀・カタナは表記の揺れとして受け申す。

惜しい:なし。一筋だけ据ゑ置けば こたな・かとな・かたの と立ち申すが、いづれも語を成しませぬ。一本目の底に沈んでゐた「つかみ」の罠は、此度は立ち申さなんだ。

受けぬ:くたに(九谷)

か行を三つ、た行を一つ、な行を二つ ── 歩みの揃はぬ回し方で立つ語にござる。三筋の揃ひを崩すうへ、九谷は焼き物にて打ち物にござらぬ。題の一句が落とすは、この一つにござつた。

おまけ

翌る日、同じ三灯にもう一問を掛け申した。

【おまけ謎】
「打ち手は主ひとり」と申した、その夜のことにござる。

されど槌の響きは、夜もすがら二つ。
明くる朝、火床のそばに残つてゐたは、人の足跡にござらなんだ。

同じ三つの灯が、その足跡をつけたものの名を持つてござる。何と申す。

打ち手はひとり、槌は二つ

本謎は三筋そろうて一段。されど此度は、めいめい歩みが違ひまする。

回し方から辿るより、足跡の主を先に思ひ浮かべ、後から盤で確かめるはうが早うござる。刀鍛冶の夜に、人ならぬ者が槌を執る ── 能の舞台に、その一夜を描いた一番がござる。

答えを見る

答へは きつね(狐)にござる。

筋胴のひと巡り正面立つ字
上か き く け ここき
中た ち つ て ととつ
下な に ぬ ね ののね

正面より、上は二つ、中は三つ、下は四つ下へ。三筋の歩みが揃はぬゆゑ、回し方からは辿り着けませぬ。

ただし本謎と同じく、行の頭から数へれば早うござる。上は二つ目、中は三つ目、下は四つ目 ── 正面が三つとも行のしまひに立つゆゑ、おまけにも同じ近道が開いてござつた。

足跡の主 ── 能「小鍛冶」

能「小鍛冶」は、作者の知れぬ五番目物にて、古くは「小狐」とも呼ばれ申した。

刀工・三条宗近は、ある一振りを打つに相槌を務める者がをらず、稲荷明神に祈り申す。現れた童子が後に霊狐となつて相槌を務め、打ち上がつた一振りが小狐丸にござる。

口上の「打ち手は主ひとり」と「槌の響きは二つ」は、この一夜にござる。残つた足跡が人のものでなかつたは、槌を執つたが狐であつたゆゑにござる。

口上に置けなんだ一語 ── 相槌

相槌とは、二人が呼吸を合はせ、代はる代はる槌を打つこと。

この一語は、揃うて打つか、揃はずに打つかの別を含んでござる。本謎〔三筋そろうて〕とおまけ〔不揃ひ〕の違ひを、そのまま言ひ当ててしまふゆゑ、口上には置けませなんだ。「揃ふ」「拍子」も同じ理にて避け、「小狐丸」の名も、狐と刀を一語で渡してしまふゆゑ置き申さなんだ。

おまけの口上が渡したは、ひとりのはずが二つ鳴る、この数の食ひ違ひだけにござる。

「足跡をつけたもの」の一句

末の一句は、はじめ「もう一つの名」と組んでござつた。されどそれでは、灯そのものの別名〔狐火〕とも、刀のもう一つの名〔小狐丸〕とも読めてしまひ申す。

ゆゑに「足跡をつけたもの」へ絞り、灯の名でも刀の名でもなく、夜もすがら槌を執つた者の名を問ふ形に直してござる。

受ける:きつね・狐・キツネ。受けぬ:狐火・小狐丸。

宗近は、居たか

観智院本『銘尽』は、宗近を一条院の御代の人とし、後鳥羽院の御剣「うきまる」、少納言信西の「小狐」を同じ手の作と記してござる。

されど、この頃の年紀を持つ作刀は一つも無く、ほかに確かな証しも無いゆゑ、ほとんど伝説として扱はれてござる。

長唄「小鍛冶」と、三つの灯

能に拠つた長唄「小鍛冶」は、天保三年〔1832〕、二代目杵屋勝五郎の作。江戸末期の歌舞伎舞踊の一曲にござる。

その詞章は、稲荷山と三つの灯から始まり申す。── 器の名「軒三灯」は、これを知るより前に付けてござつた。思はぬ所で、頭が揃うてござる。


軒に灯を提げるは、これが二度目にござる。器も仕掛けも一本目のまま、胴の字だけを替へ申した。一本目は季に、二本目は題の一語に、別解を落とす役を負はせ申した。

次なる謎、また改めて。

鍛冶町の軒下に、提灯が三つ。

一本の紐に縦につながって、闇の中に灯っています。胴の骨は横に走り、その線がゆるく弧を描いている。

正面に見える字は、上から「こ」「と」「の」。並べて読めば「ことの」── 言いかけのようですが、これでは何も打ち上がっていません。

御題

【作問修行】軒三灯・打ち物の宵

鍛冶町の夜更け。火床は赤く、槌の響きが絶えません。
打ち手は主人ひとり。軒に提灯が三つ、縦に吊られています。

胴にはそれぞれ、五つの字。
こちらを向いているのは、そのうちの一つだけ。

さて、この夜に打ち上がったのは何でしょう。

その五つは、誰もが子供の頃に覚えた並びです

胴に書かれた五つの字は、思いつきで並んでいるわけではありません。

こちらを向いた一字の前にも後ろにも、順序の決まった字が控えています。

答えを見る

答えは かたな(刀)です。

三筋そろって、ひとつ下へ。

筋胴のひと巡り正面ひとつ下
上か き く け ここか
中た ち つ て ととた
下な に ぬ ね ののな

胴に書かれていたのは、それぞれ か行・た行・な行。正面の三字はどれも行の最後の五つ目で、ひとつ下へ送ると胴をひと巡りして、行の頭へ戻ります。

答えの三字が、そのまま行の名前

一本目の軒三灯・秋の夜では、正面の「ち・か・ま」がた行の二つ目、か行の一つ目、ま行の一つ目と、筋ごとに立つ位置が違っていました。

今回の「こ・と・の」は、三つとも行の最後に立っています。ひとつ下へ送れば、三つそろって行の頭へ戻る。つまり答えの「か・た・な」は、胴に書かれた三つの行の名前そのものです。

ですから、送る手順を踏まなくても「これは何行の字か」と問うだけで答えが立ちます。盤の巡り合わせが開いた近道で、これも正しい道として受けています。

題の「打ち物」が負っていたもの

一本目は題が季節〔秋の夜〕を負い、季節を持たない語を落としていました。今回は季節を置かず、代わりに答えの種類を題に負わせました。

「打ち物」とは、刀剣の類を指す言葉です。下の別解の節に挙げた一語は、この一句で落ちています。

★ 解いた方への、二つの土産話

一、江戸には、鍛冶の町がありました。

江戸の町は、職業ごとに住む場所が分けられていました。鍛冶もまた町を成し、神田鍛冶町は鍛冶師高井弥蔵・鋳物師椎名伊予の拝領地、南鍛冶町は鍛冶の国役を務める人々が集まり住んだ場所で、今の八重洲二丁目・京橋二丁目のあたりです。

城下町に「鍛冶町」の名が多いのは、鍛冶職人を住まわせた町だからです。軒に提灯を三つ提げる町屋の景色は、そうした町に置いて無理がありません。

── ただし、刀を鍛える刀鍛冶と、町の鍛冶屋が同じ町にいたかまでは、確かめられていません。

二、夜に打ったかは、分かりません。

鍛冶は火床の色を見ながら仕事を進めるといいます。それなら暗い時刻のほうが見やすいだろうと思い、何度か調べましたが、夜に打ったと記す資料には行き当たりませんでした。

ですから御題の「夜更け」は、事実を主張するものではなく、景色の設えです。「無い」とは言いません。見つからなかった、というだけです。

別解について

正解とするもの:かたな ただ一つです。刀・カタナは表記の揺れとして受けます。

惜しいもの:なし。一筋だけ据え置くと こたな・かとな・かたの が立ちますが、どれも語になりません。一本目の底に沈んでいた「つかみ」の罠は、今回は立ちませんでした。

正解としないもの:くたに(九谷)

か行を三つ、た行を一つ、な行を二つ ── 歩みの揃わない回し方で立つ語です。三筋の揃いを崩すうえ、九谷は焼き物で打ち物ではありません。題の一句が落とすのは、この一つでした。

おまけ

翌日、同じ三灯にもう一問を掛けました。

【おまけ謎】
「打ち手は主人ひとり」と言った、その夜のことです。

けれど槌の響きは、夜通し二つ。
翌朝、火床のそばに残っていたのは、人の足跡ではありませんでした。

同じ三つの灯が、その足跡をつけたものの名を持っています。何というでしょう。

打ち手はひとり、槌は二つ

本問は三筋そろって一段。けれど今度は、それぞれ歩みが違います。

回し方から辿るより、足跡の主を先に思い浮かべ、後から盤で確かめるほうが早いでしょう。刀鍛冶の夜に、人ならぬものが槌を執る ── 能の舞台に、その一夜を描いた一曲があります。

答えを見る

答えは きつね(狐)です。

筋胴のひと巡り正面立つ字
上か き く け ここき
中た ち つ て ととつ
下な に ぬ ね ののね

正面から、上は二つ、中は三つ、下は四つ下へ。三筋の歩みが揃わないので、回し方からは辿り着けません。

ただし本問と同じく、行の頭から数えれば早く済みます。上は二つ目、中は三つ目、下は四つ目 ── 正面が三つとも行の最後に立っているので、おまけにも同じ近道が開いていました。

足跡の主 ── 能「小鍛冶」

能「小鍛冶」は、作者不詳の五番目物で、古くは「小狐」とも呼ばれました。

刀工・三条宗近は、ある一振りを打つのに相槌を務める者がおらず、稲荷明神に祈ります。現れた童子がのちに霊狐となって相槌を務め、打ち上がった一振りが小狐丸です。

御題の「打ち手は主人ひとり」と「槌の響きは二つ」は、この一夜のことです。残った足跡が人のものでなかったのは、槌を執ったのが狐だったからです。

御題に置けなかった一語 ── 相槌

相槌とは、二人が呼吸を合わせ、代わる代わる槌を打つこと。

この一語は、揃って打つか、揃わずに打つかの区別を含んでいます。本問〔三筋そろって〕とおまけ〔不揃い〕の違いを、そのまま言い当ててしまうので、御題には置けませんでした。「揃う」「拍子」も同じ理由で避け、「小狐丸」の名も、狐と刀を一語で渡してしまうので置きませんでした。

おまけの御題が渡したのは、ひとりのはずが二つ鳴る、この数の食い違いだけです。

「足跡をつけたもの」の一句

最後の一句は、はじめ「もう一つの名」と組んでいました。けれどそれでは、灯そのものの別名〔狐火〕とも、刀のもう一つの名〔小狐丸〕とも読めてしまいます。

そこで「足跡をつけたもの」に絞り、灯の名でも刀の名でもなく、夜通し槌を執った者の名を問う形に直しました。

正解とするもの:きつね・狐・キツネ。正解としないもの:狐火・小狐丸。

宗近は、実在したか

観智院本『銘尽』は、宗近を一条天皇の時代の人とし、後鳥羽院の御剣「うきまる」、少納言信西の「小狐」を同じ刀工の作と記しています。

けれど、この頃の年紀を持つ作刀は一つもなく、ほかに確かな証拠もないため、ほとんど伝説として扱われています。

長唄「小鍛冶」と、三つの灯

能をもとにした長唄「小鍛冶」は、天保三年〔1832〕、二代目杵屋勝五郎の作。江戸末期の歌舞伎舞踊の一曲です。

その詞章は、稲荷山と三つの灯から始まります。── 器の名「軒三灯」は、これを知るより前に付けていました。思わぬところで、頭が揃ったわけです。


軒に灯を提げるのは、これが二度目です。器も仕掛けも一本目のまま、胴の字だけを替えました。一本目は季節に、二本目は題の一語に、別解を落とす役を負わせました。

次の謎は、また改めて。

現代語でも読めます

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