軒三灯・秋の夜
軒の下に、提灯が三つ。
一本の紐に数珠のごとく連なつて、夜の闇に浮かんでござる。胴の骨は横に走り、その線が弧を描いてをる。── 丸いのでござる。
正面に見ゆるは、三つの字。
御題
【作問修行】軒三灯・秋の夜
軒に三つ、灯を提げ申した。
正面に見ゆるは、上より「ち」「か」「ま」。
されど提灯の胴は丸く、ひと巡りに五つの字が書いてござる。
それぞれを回してごらうじろ。
秋の夜にふさはしき三字が、一つ立ち申す。
その五つは、誰もが子供の頃に覚えた並びにござる
胴に書かれた五つの字は、思ひつきで並んでをりませぬ。
上より下より、順序が定まつてござる。
答えを見る
答へは つきみ(月見)にござる。
三筋そろうて、ひとつ下へ。
| 筋 | 胴のひと巡り | 正面 | ひとつ下 |
|---|---|---|---|
| 上 | た ち つ て と | ち | つ |
| 中 | か き く け こ | か | き |
| 下 | ま み む め も | ま | み |
胴に書かれてござつたは、それぞれ た行・か行・ま行。三つとも同じだけ回せば、つ・き・み と揃ひ申す。
誰もが知つてゐるものを、思ひ出せぬ
口上が渡してござつたは「五つある」の一事のみ。どの五つかは、申してをりませぬ。
されど五十音の並びは、誰もが子供の頃に一度は諳んじたもの。知らぬ者はをらぬのに、それを思ひ出す者は少ない ── この一段が、本作でただ一つの関所にござつた。
★正面の「ち」は た行の二番目、「か」は か行の一番目、「ま」は ま行の一番目。筋ごとに立つ位置は違ひまする。それでも同じだけ回せば揃ふ ── 揃ふことに気づけば、あとは滑り落ちるやうに答へへ着き申す。
月見のこと
月見は旧暦八月十五夜。今の暦では年ごとに動き、この年(2026年)は九月二十五日に当たり申す。
軒に灯を提げるは、商ひの家の看板にござる。江戸の中頃より、屋号や商ふ品を胴に記した提灯を、店先に吊るしたと申す。
── されど絵に、月は入れてござらぬ。答へゆゑ。団子も薄も、同じ理で置いてをり申さぬ。
★ 解いた御仁への、二つの土産話
一、いちばん古い五十音図は、「キコカケク」から始まつてござる。
今に残る最古の音図は、醍醐寺に伝はる『孔雀経音義』に書き添へられたもので、十一世紀の初め頃の成り立ちと申す。
その並びは、今のものとは行も段も違ひまする。か行は「キコカケク」、た行は「チトタテツ」、ま行は「ミモマメム」。ア行とナ行は、そもそも載つてをり申さぬ。
この並びで本作の盤を回せば、「ち」の次は「と」、「か」の次は「け」、「ま」の次は「め」 ── とけめにて、月見は立ち申さぬ。
並びが今の形に落ち着いたは、南北朝の頃より後のことにござる。本作の答へは、並びが定まつて初めて立つ答へにござつた。
二、「誰もが子供の頃に覚えた並び」は、明治からの話にござる。
ヒントに「誰もが子供の頃に覚えた並び」と書き申した。今の世の我らには、まことにさうでござる。
されど五十音図が「いろは」に代はつて字母の表の座に就いたは、明治の初めのことと事典は申す。それまで、その座は長らく「いろは」のものにござつた。
江戸の世にこの謎を掛けたなら、「誰もが覚えた並び」は、いろはの方を指してしまふところにござつた。
別解のこと
受ける:なし。つきみ ただ一つにござる。
惜しい:つかみ・つかむ
これが本作の底に沈んでゐた、ただ一つの罠にござる。た行と ま行だけを一つ下げ、か行を据ゑ置くと ── つ・か・み。
日常の語にて、しかも謎解きの語彙。「掴む」は、いかにも答へらしく見え申す。されどこれは三筋の揃ひを崩してござる。加へて、季を持ちませぬ。題が「秋の夜」と告げてゐるは、この一つを落とすためにござつた。
受けぬ:ちくま・たかみ・つくも・とこま ほか
胴を回せば、清音だけで百二十五通りが立ち申す。中には語として通るものもござれど、いづれも秋を持たぬ。
おまけ
翌る日、同じ三灯にもう一問を掛け申した。
【おまけ謎】
昨日の三灯、めいめいに回すこともでき申す。
すると、立ち上がる三字。
物ならず、所ならず、名乗りならず。
この仕掛けをこしらへし者への、呼び名にござる。
さて、なんと呼び申す。
三つとも同じだけ回すとは限り申さぬ
本謎は三筋そろうて一段。
されどこの度は、めいめいに歩みが違ひまする。
答えを見る
答へは たくみ(匠)にござる。
| 筋 | 胴のひと巡り | 正面 | 立つ字 |
|---|---|---|---|
| 上 | た ち つ て と | ち | た |
| 中 | か き く け こ | か | く |
| 下 | ま み む め も | ま | み |
本謎が規則で解く問ひであつたに対し、こちらは意味で解く問ひにござる。三筋の歩みが揃はぬゆゑ、回し方からは答へへ辿り着けませぬ。先に答へを思ひ浮かべ、後から盤で確かめる ── 順序が逆さまになる形にござる。
三つの句が、何を落としてゐたか
「物ならず、所ならず、名乗りならず」の一行は、飾りではござらぬ。百二十五通りのうち、実在の語として通つてしまふものを、三句で一掃してござる。
| 句 | 落ちるもの |
|---|---|
| 物ならず | つくも(九十九)ほか |
| 所ならず | たかみ・ちかみ・ちくま |
| 名乗りならず | たけみ・とくみ・たきみ ── いづれも姓として通り申す |
「名乗り」と「呼び名」は、別のもの
この一問が一意に落ちるは、末の一句が「呼び名」と申してゐるゆゑにござる。
「者にござる」「いかなる人ぞ」と問へば、その人自身を訊く形になり、上に挙げた姓がことごとく立つてしまひまする。
名乗りとは、その者が名乗る固有の名。呼び名とは、さう呼ぶ語。
匠は名乗りではござらぬ。さう呼ばれる語にござる。この一字の違ひが、穴を塞ぎ申した。
そして、洒落のこと
「この仕掛けをこしらへし者」── お気づきになられたでせうか。
提灯をこしらへた職人とも読めまするし、この謎をこしらへた者とも読め申す。どちらに取つても、答へは一つ。
作り手もまた、匠にござる。── さう名乗る気は、毛頭ござらぬが。
軒に灯を三つ提げるは、これが初にござる。
胴の丸きは絵に、字の並びは口上に、季は題に ── 三つに分けて負はせ申した。一つの盤に二問を掛けたは、この帖にとつても初の試みにござる。
同じ三つの提灯が、回し方ひとつで別の言葉を差し出す。盤は一つ、問ひは二つ。
次なる謎、また改めて。
軒下に、提灯が三つ。
一本の紐に数珠つなぎで吊られて、夜の闇に浮かんでいます。胴の骨は横に走り、その線が弧を描いている。── 丸いのです。
正面に見えるのは、三つの字。
御題
【作問修行】軒三灯・秋の夜
軒に三つ、灯を提げました。
正面に見えるのは、上から「ち」「か」「ま」。
けれど提灯の胴は丸く、ひと巡りに五つの字が書いてあります。
それぞれを回してみてください。
秋の夜にふさわしい三字が、一つ立ち上がります。
その五つは、誰もが子供の頃に覚えた並びです
胴に書かれた五つの字は、思いつきで並んでいるわけではありません。
上からも下からも、順序が決まっています。
答えを見る
答えは つきみ(月見)です。
三筋そろって、ひとつ下へ。
| 筋 | 胴のひと巡り | 正面 | ひとつ下 |
|---|---|---|---|
| 上 | た ち つ て と | ち | つ |
| 中 | か き く け こ | か | き |
| 下 | ま み む め も | ま | み |
胴に書かれていたのは、それぞれ た行・か行・ま行。三つとも同じだけ回せば、つ・き・み と揃います。
誰もが知っているものを、思い出せない
問題文が渡していたのは「五つある」ということだけ。どの五つかは、言っていません。
けれど五十音の並びは、誰もが子供の頃に一度は諳んじたもの。知らない人はいないのに、それを思い出す人は少ない ── この一段が、本作でただ一つの関所でした。
★正面の「ち」はた行の二番目、「か」はか行の一番目、「ま」はま行の一番目。筋ごとに立つ位置は違います。それでも同じだけ回せば揃う ── 揃うことに気づけば、あとは滑り落ちるように答えへ着きます。
月見のこと
月見は旧暦八月十五夜。今の暦では年ごとに動き、この年(2026年)は九月二十五日に当たります。
軒に灯を提げるのは、商いの家の看板です。江戸の中頃から、屋号や扱う品を胴に書いた提灯を、店先に吊るしたといいます。
── けれど絵に、月は入れていません。答えなので。団子も薄も、同じ理由で置いていません。
★ 解いた方への、二つの土産話
一、いちばん古い五十音図は、「キコカケク」から始まっていました。
現存する最古の音図は、醍醐寺に伝わる『孔雀経音義』に書き添えられたもので、十一世紀の初め頃に成立したとされます。
その並びは、今のものとは行も段も違います。か行は「キコカケク」、た行は「チトタテツ」、ま行は「ミモマメム」。ア行とナ行は、そもそも載っていません。
この並びで本作の盤を回すと、「ち」の次は「と」、「か」の次は「け」、「ま」の次は「め」 ── とけめとなり、月見は立ちません。
並びが今の形に落ち着いたのは、南北朝時代より後のことです。本作の答えは、並びが定まって初めて立つ答えだったわけです。
二、「誰もが子供の頃に覚えた並び」は、明治からの話です。
ヒントに「誰もが子供の頃に覚えた並び」と書きました。今の私たちにとっては、まさにその通りです。
けれど五十音図が「いろは」に代わって字母表の座に就いたのは、明治の初めのことだと事典は伝えています。それまで、その座は長く「いろは」のものでした。
江戸の世にこの謎を掛けていたら、「誰もが覚えた並び」は、いろはの方を指してしまうところでした。
別解について
正解とするもの:なし。つきみ ただ一つです。
惜しいもの:つかみ・つかむ
これが本作の底に沈んでいた、ただ一つの罠です。た行とま行だけを一つ下げ、か行を据え置くと ── つ・か・み。
日常の語で、しかも謎解きの語彙。「掴む」は、いかにも答えらしく見えます。けれどこれは三筋の揃いを崩しています。加えて、季節を持ちません。題が「秋の夜」と告げているのは、この一つを落とすためでした。
正解としないもの:ちくま・たかみ・つくも・とこま ほか
胴を回せば、清音だけで百二十五通りが立ちます。中には語として通るものもありますが、どれも秋を持ちません。
おまけ
翌日、同じ三灯にもう一問を掛けました。
【おまけ謎】
昨日の三灯、それぞれ別に回すこともできます。
すると、立ち上がる三字。
物ではなく、所ではなく、名乗りでもない。
この仕掛けをこしらえた者への、呼び名です。
さて、なんと呼びましょう。
三つとも同じだけ回すとは限りません
本問は三筋そろって一段。
けれど今度は、それぞれ歩みが違います。
答えを見る
答えは たくみ(匠)です。
| 筋 | 胴のひと巡り | 正面 | 立つ字 |
|---|---|---|---|
| 上 | た ち つ て と | ち | た |
| 中 | か き く け こ | か | く |
| 下 | ま み む め も | ま | み |
本問が規則で解く問いだったのに対し、こちらは意味で解く問いです。三筋の歩みが揃わないので、回し方からは答えへ辿り着けません。先に答えを思い浮かべ、後から盤で確かめる ── 順序が逆さまになる形です。
三つの句が、何を落としていたか
「物ならず、所ならず、名乗りならず」の一行は、飾りではありません。百二十五通りのうち、実在の語として通ってしまうものを、三句で一掃しています。
| 句 | 落ちるもの |
|---|---|
| 物ならず | つくも(九十九)ほか |
| 所ならず | たかみ・ちかみ・ちくま |
| 名乗りならず | たけみ・とくみ・たきみ ── どれも姓として通ります |
「名乗り」と「呼び名」は、別のもの
この一問が一つに落ちるのは、最後の一句が「呼び名」と言っているからです。
「者です」「どんな人でしょう」と問えば、その人自身を訊く形になり、上に挙げた姓がことごとく立ってしまいます。
名乗りとは、その者が名乗る固有の名。呼び名とは、そう呼ぶ語。
匠は名乗りではありません。そう呼ばれる語です。この一字の違いが、穴を塞ぎました。
そして、洒落のこと
「この仕掛けをこしらえた者」── お気づきになったでしょうか。
提灯をこしらえた職人とも読めますし、この謎をこしらえた者とも読めます。どちらに取っても、答えは一つ。
作り手もまた、匠です。── そう名乗る気は、毛頭ありませんが。
軒に灯を三つ提げるのは、これが初めてです。
胴の丸さは絵に、字の並びは問題文に、季節は題に ── 三つに分けて負わせました。一つの盤に二問を掛けたのは、この帖にとっても初めての試みです。
同じ三つの提灯が、回し方ひとつで別の言葉を差し出す。盤は一つ、問いは二つ。
次の謎は、また改めて。