難易度 ★★☆☆☆

軒三灯・秋の夜


現代語でも読めます

この作品は、現代語版作成中です。

軒三灯・秋の夜

軒の下に、提灯が三つ。

一本の紐に数珠のごとく連なつて、夜の闇に浮かんでござる。胴の骨は横に走り、その線が弧を描いてをる。── 丸いのでござる。

正面に見ゆるは、三つの字。

御題

【作問修行】軒三灯・秋の夜

軒に三つ、灯を提げ申した。

正面に見ゆるは、上より「ち」「か」「ま」。

されど提灯の胴は丸く、ひと巡りに五つの字が書いてござる。

それぞれを回してごらうじろ。

秋の夜にふさはしき三字が、一つ立ち申す。

その五つは、誰もが子供の頃に覚えた並びにござる

胴に書かれた五つの字は、思ひつきで並んでをりませぬ。

上より下より、順序が定まつてござる。

答えを見る

答へは つきみ(月見)にござる。

三筋そろうて、ひとつ下へ。

筋胴のひと巡り正面ひとつ下
上た ち つ て とちつ
中か き く け こかき
下ま み む め もまみ

胴に書かれてござつたは、それぞれ た行・か行・ま行。三つとも同じだけ回せば、つ・き・み と揃ひ申す。

誰もが知つてゐるものを、思ひ出せぬ

口上が渡してござつたは「五つある」の一事のみ。どの五つかは、申してをりませぬ。

されど五十音の並びは、誰もが子供の頃に一度は諳んじたもの。知らぬ者はをらぬのに、それを思ひ出す者は少ない ── この一段が、本作でただ一つの関所にござつた。

★正面の「ち」は た行の二番目、「か」は か行の一番目、「ま」は ま行の一番目。筋ごとに立つ位置は違ひまする。それでも同じだけ回せば揃ふ ── 揃ふことに気づけば、あとは滑り落ちるやうに答へへ着き申す。

月見のこと

月見は旧暦八月十五夜。今の暦では年ごとに動き、この年(2026年)は九月二十五日に当たり申す。

軒に灯を提げるは、商ひの家の看板にござる。江戸の中頃より、屋号や商ふ品を胴に記した提灯を、店先に吊るしたと申す。

── されど絵に、月は入れてござらぬ。答へゆゑ。団子も薄も、同じ理で置いてをり申さぬ。

★ 解いた御仁への、二つの土産話

一、いちばん古い五十音図は、「キコカケク」から始まつてござる。

今に残る最古の音図は、醍醐寺に伝はる『孔雀経音義』に書き添へられたもので、十一世紀の初め頃の成り立ちと申す。

その並びは、今のものとは行も段も違ひまする。か行は「キコカケク」、た行は「チトタテツ」、ま行は「ミモマメム」。ア行とナ行は、そもそも載つてをり申さぬ。

この並びで本作の盤を回せば、「ち」の次は「と」、「か」の次は「け」、「ま」の次は「め」 ── とけめにて、月見は立ち申さぬ。

並びが今の形に落ち着いたは、南北朝の頃より後のことにござる。本作の答へは、並びが定まつて初めて立つ答へにござつた。

二、「誰もが子供の頃に覚えた並び」は、明治からの話にござる。

ヒントに「誰もが子供の頃に覚えた並び」と書き申した。今の世の我らには、まことにさうでござる。

されど五十音図が「いろは」に代はつて字母の表の座に就いたは、明治の初めのことと事典は申す。それまで、その座は長らく「いろは」のものにござつた。

江戸の世にこの謎を掛けたなら、「誰もが覚えた並び」は、いろはの方を指してしまふところにござつた。

別解のこと

受ける:なし。つきみ ただ一つにござる。

惜しい:つかみ・つかむ

これが本作の底に沈んでゐた、ただ一つの罠にござる。た行と ま行だけを一つ下げ、か行を据ゑ置くと ── つ・か・み。

日常の語にて、しかも謎解きの語彙。「掴む」は、いかにも答へらしく見え申す。されどこれは三筋の揃ひを崩してござる。加へて、季を持ちませぬ。題が「秋の夜」と告げてゐるは、この一つを落とすためにござつた。

受けぬ:ちくま・たかみ・つくも・とこま ほか

胴を回せば、清音だけで百二十五通りが立ち申す。中には語として通るものもござれど、いづれも秋を持たぬ。

おまけ

翌る日、同じ三灯にもう一問を掛け申した。

【おまけ謎】

昨日の三灯、めいめいに回すこともでき申す。

すると、立ち上がる三字。

物ならず、所ならず、名乗りならず。

この仕掛けをこしらへし者への、呼び名にござる。

さて、なんと呼び申す。

三つとも同じだけ回すとは限り申さぬ

本謎は三筋そろうて一段。

されどこの度は、めいめいに歩みが違ひまする。

答えを見る

答へは たくみ(匠)にござる。

筋胴のひと巡り正面立つ字
上た ち つ て とちた
中か き く け こかく
下ま み む め もまみ

本謎が規則で解く問ひであつたに対し、こちらは意味で解く問ひにござる。三筋の歩みが揃はぬゆゑ、回し方からは答へへ辿り着けませぬ。先に答へを思ひ浮かべ、後から盤で確かめる ── 順序が逆さまになる形にござる。

三つの句が、何を落としてゐたか

「物ならず、所ならず、名乗りならず」の一行は、飾りではござらぬ。百二十五通りのうち、実在の語として通つてしまふものを、三句で一掃してござる。

句落ちるもの
物ならずつくも(九十九)ほか
所ならずたかみ・ちかみ・ちくま
名乗りならずたけみ・とくみ・たきみ ── いづれも姓として通り申す

「名乗り」と「呼び名」は、別のもの

この一問が一意に落ちるは、末の一句が「呼び名」と申してゐるゆゑにござる。

「者にござる」「いかなる人ぞ」と問へば、その人自身を訊く形になり、上に挙げた姓がことごとく立つてしまひまする。

名乗りとは、その者が名乗る固有の名。呼び名とは、さう呼ぶ語。

匠は名乗りではござらぬ。さう呼ばれる語にござる。この一字の違ひが、穴を塞ぎ申した。

そして、洒落のこと

「この仕掛けをこしらへし者」── お気づきになられたでせうか。

提灯をこしらへた職人とも読めまするし、この謎をこしらへた者とも読め申す。どちらに取つても、答へは一つ。

作り手もまた、匠にござる。── さう名乗る気は、毛頭ござらぬが。


軒に灯を三つ提げるは、これが初にござる。

胴の丸きは絵に、字の並びは口上に、季は題に ── 三つに分けて負はせ申した。一つの盤に二問を掛けたは、この帖にとつても初の試みにござる。

同じ三つの提灯が、回し方ひとつで別の言葉を差し出す。盤は一つ、問ひは二つ。

次なる謎、また改めて。

軒下に、提灯が三つ。

一本の紐に数珠つなぎで吊られて、夜の闇に浮かんでいます。胴の骨は横に走り、その線が弧を描いている。── 丸いのです。

正面に見えるのは、三つの字。

御題

【作問修行】軒三灯・秋の夜

軒に三つ、灯を提げました。

正面に見えるのは、上から「ち」「か」「ま」。

けれど提灯の胴は丸く、ひと巡りに五つの字が書いてあります。

それぞれを回してみてください。

秋の夜にふさわしい三字が、一つ立ち上がります。

その五つは、誰もが子供の頃に覚えた並びです

胴に書かれた五つの字は、思いつきで並んでいるわけではありません。

上からも下からも、順序が決まっています。

答えを見る

答えは つきみ(月見)です。

三筋そろって、ひとつ下へ。

筋胴のひと巡り正面ひとつ下
上た ち つ て とちつ
中か き く け こかき
下ま み む め もまみ

胴に書かれていたのは、それぞれ た行・か行・ま行。三つとも同じだけ回せば、つ・き・み と揃います。

誰もが知っているものを、思い出せない

問題文が渡していたのは「五つある」ということだけ。どの五つかは、言っていません。

けれど五十音の並びは、誰もが子供の頃に一度は諳んじたもの。知らない人はいないのに、それを思い出す人は少ない ── この一段が、本作でただ一つの関所でした。

★正面の「ち」はた行の二番目、「か」はか行の一番目、「ま」はま行の一番目。筋ごとに立つ位置は違います。それでも同じだけ回せば揃う ── 揃うことに気づけば、あとは滑り落ちるように答えへ着きます。

月見のこと

月見は旧暦八月十五夜。今の暦では年ごとに動き、この年(2026年)は九月二十五日に当たります。

軒に灯を提げるのは、商いの家の看板です。江戸の中頃から、屋号や扱う品を胴に書いた提灯を、店先に吊るしたといいます。

── けれど絵に、月は入れていません。答えなので。団子も薄も、同じ理由で置いていません。

★ 解いた方への、二つの土産話

一、いちばん古い五十音図は、「キコカケク」から始まっていました。

現存する最古の音図は、醍醐寺に伝わる『孔雀経音義』に書き添えられたもので、十一世紀の初め頃に成立したとされます。

その並びは、今のものとは行も段も違います。か行は「キコカケク」、た行は「チトタテツ」、ま行は「ミモマメム」。ア行とナ行は、そもそも載っていません。

この並びで本作の盤を回すと、「ち」の次は「と」、「か」の次は「け」、「ま」の次は「め」 ── とけめとなり、月見は立ちません。

並びが今の形に落ち着いたのは、南北朝時代より後のことです。本作の答えは、並びが定まって初めて立つ答えだったわけです。

二、「誰もが子供の頃に覚えた並び」は、明治からの話です。

ヒントに「誰もが子供の頃に覚えた並び」と書きました。今の私たちにとっては、まさにその通りです。

けれど五十音図が「いろは」に代わって字母表の座に就いたのは、明治の初めのことだと事典は伝えています。それまで、その座は長く「いろは」のものでした。

江戸の世にこの謎を掛けていたら、「誰もが覚えた並び」は、いろはの方を指してしまうところでした。

別解について

正解とするもの:なし。つきみ ただ一つです。

惜しいもの:つかみ・つかむ

これが本作の底に沈んでいた、ただ一つの罠です。た行とま行だけを一つ下げ、か行を据え置くと ── つ・か・み。

日常の語で、しかも謎解きの語彙。「掴む」は、いかにも答えらしく見えます。けれどこれは三筋の揃いを崩しています。加えて、季節を持ちません。題が「秋の夜」と告げているのは、この一つを落とすためでした。

正解としないもの:ちくま・たかみ・つくも・とこま ほか

胴を回せば、清音だけで百二十五通りが立ちます。中には語として通るものもありますが、どれも秋を持ちません。

おまけ

翌日、同じ三灯にもう一問を掛けました。

【おまけ謎】

昨日の三灯、それぞれ別に回すこともできます。

すると、立ち上がる三字。

物ではなく、所ではなく、名乗りでもない。

この仕掛けをこしらえた者への、呼び名です。

さて、なんと呼びましょう。

三つとも同じだけ回すとは限りません

本問は三筋そろって一段。

けれど今度は、それぞれ歩みが違います。

答えを見る

答えは たくみ(匠)です。

筋胴のひと巡り正面立つ字
上た ち つ て とちた
中か き く け こかく
下ま み む め もまみ

本問が規則で解く問いだったのに対し、こちらは意味で解く問いです。三筋の歩みが揃わないので、回し方からは答えへ辿り着けません。先に答えを思い浮かべ、後から盤で確かめる ── 順序が逆さまになる形です。

三つの句が、何を落としていたか

「物ならず、所ならず、名乗りならず」の一行は、飾りではありません。百二十五通りのうち、実在の語として通ってしまうものを、三句で一掃しています。

句落ちるもの
物ならずつくも(九十九)ほか
所ならずたかみ・ちかみ・ちくま
名乗りならずたけみ・とくみ・たきみ ── どれも姓として通ります

「名乗り」と「呼び名」は、別のもの

この一問が一つに落ちるのは、最後の一句が「呼び名」と言っているからです。

「者です」「どんな人でしょう」と問えば、その人自身を訊く形になり、上に挙げた姓がことごとく立ってしまいます。

名乗りとは、その者が名乗る固有の名。呼び名とは、そう呼ぶ語。

匠は名乗りではありません。そう呼ばれる語です。この一字の違いが、穴を塞ぎました。

そして、洒落のこと

「この仕掛けをこしらえた者」── お気づきになったでしょうか。

提灯をこしらえた職人とも読めますし、この謎をこしらえた者とも読めます。どちらに取っても、答えは一つ。

作り手もまた、匠です。── そう名乗る気は、毛頭ありませんが。


軒に灯を三つ提げるのは、これが初めてです。

胴の丸さは絵に、字の並びは問題文に、季節は題に ── 三つに分けて負わせました。一つの盤に二問を掛けたのは、この帖にとっても初めての試みです。

同じ三つの提灯が、回し方ひとつで別の言葉を差し出す。盤は一つ、問いは二つ。

次の謎は、また改めて。

現代語でも読めます

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