借り花の皿
横長の皿が一枚、卓の上に置かれてござる。
染付の縁に青海波、その内に桜が一枝、牡丹が一輪、紅葉が一枝。三つとも、盛りの季は別々にござる。桜は春、牡丹は初夏、紅葉は秋 ── 一枚の皿の上で揃うて咲くことなど、現にはあり得ませぬ。
手前には、箸が一膳。
花を活けた器に、箸は要り申さぬ。
御題
【作問修行】借り花の皿
桜、牡丹、紅葉。
盛りの季は三つとも別にござるに、この皿の上では揃うて咲いてござる。
いづれも花の名を借りたるのみ。まことの借り主は、花にあらず。
三つの借り主、ひと言で何と申す。
三つとも、今も品書きに残つてござる
桜も、牡丹も、紅葉も ── いづれも今なほ、料理の名として生きてござる。
されどそれは、花を指してはをりませぬ。
答えを見る
答へは けもの(獣)にござる。
| 花 | 借り主 | 名の由来(諸説) |
|---|---|---|
| 桜 | 馬 | 切り口が桜色ゆゑとも、脂の乗る季ゆゑとも、佐倉の牧場ゆゑとも |
| 牡丹 | 猪 | 皿に盛る折、花のやうに飾つたゆゑ |
| 紅葉 | 鹿 | 花札の絵柄より出たとも |
三つの借り主を一言で括れば、けもの。皿の上に季を違へた三花が揃うて咲いてゐるは、「花を問うてはをらぬ」の合図にござつた。
由来は、いづれも定まつてをらぬ
上の表を「諸説」と括つたは、逃げではござらぬ。この三つは、どれも由来が一本に定まつてをらぬのが実際にござる。
されど、その定まらなさこそが面白うござる。名が先に生き、由来は後から幾つも生えた ── さういう語にござる。使ふ者が理由を要らなんだ証にて、符丁とはさういうものやも知れませぬ。
★牡丹の一説が、本作の器を選ばせ申した。皿に盛る折に花のやうに飾つた ── すなはち器そのものが、由来の景にござつた。初めは膳を、次に鍋を考へてござつたが、皿に振つた折にこれが向かうから出て参り申した。
別解のこと
獣・けだもの・ケモノ・四足・よつあし・動物・生き物は、受け申す。いづれも三つを括る一言として立つてござる。
肉・獣肉は、惜しうござる。符丁までは確かに届いてござる ── 桜も牡丹も紅葉も食ふものだと見抜いた御仁にて、そこまで来れば驚きの大半は既にお手元にござる。ただ、括る一言としては一段粗く、皿の三つが生き物の名であることを写してをりませぬ。
馬・猪・鹿の個別の名は、受け申さぬ。三つの内の一つにて、括つた言葉になつてをらぬゆゑ。
花札をご存じの御仁ほど、二つ目で転ぶ
紅葉に鹿 ── これは花札の絵柄そのものにござれば、札に親しむ御仁は一つ目を難なく越えられまする。
されど二つ目で足が止まり申す。札の牡丹は蝶と組み、猪は萩と組むゆゑ。強い足場が、そのまま偽の頂へ通じてござる。
この道を塞ぐに、口上へ「札にはあらず」と書く手もござつた。されどそれは書いた瞬間に札を思ひ出させる ── 塞ぐつもりが、案内になり申す。ゆゑに皿と箸といふ器の側で塞ぎ申した。花札は皿に載り申さぬ。
おまけ
翌る日、こんな問ひを添へてござる。
【おまけ謎】
昨日、皿に載りしもの ── その名を借りたるは、憚りあればこそ。
人は病まぬ身にも、一言を添へて箸を取り申した。
その一言、五文字にて何と申す。
憚りを、どう躱したか
咎められぬための、言ひ換へにござる。
身に障るものではなく、むしろ身の為になるのだと申せば、箸が取れ申す。
答えを見る
答へは くすりぐひ(薬喰ひ)にござる。
獣肉を食ふことを、養生の名目に言ひ換へた語にござる。病まぬ身の者も「これは薬喰ひにござる」と一言添へて箸を取り申した。
なにゆゑ、一言が要つたか
江戸の世において、獣肉を食ふことは表向き憚られてござつた。されど旨いものは旨く、寒い夜は身が温もるものを欲し申す。
そこで人は、建前を一つ立てた。病を治すためではござらぬ ── 養生のため。かう申せば、咎める側も咎めにくうござる。
山くじらと看板に掲げた店もござつた。江戸後期、猪肉を食はせる店にござる。猪を鯨に見立てたわけにて、これもまた借り物の名。ももんじ屋と申す店は両国・四谷・麹町に現に在り、名の由来は「百獣(ももんじい)」の転訛と申す説がござる。
名を借りてゐたのは、花だけではなかつた
昨日の一問で借りられてゐたは、花の名にござつた。
本日の一問で借りられてゐたは、薬の名にござる。
品に別の名を着せ、行ひにも別の名を着せる ── 二重に名を借りて、ようやく箸が取れた。その手間そのものが、当時の憚りの丈を写してござる。
花の名を借り、薬の名を借り。
江戸の者は、名を借りることが上手でござつた。禁じられてゐるものを、正面から破りもせず、諦めもせず、別の名を一つ着せて通す ── その身のこなしが、そのまま言葉として残つてござる。
桜も、牡丹も、紅葉も、今なほ料理の名として生きてござる。借りた名のはうが、借りられた品より長生きしたわけにござるな。
次なる謎、また改めて。
横長の皿が一枚、テーブルの上に置かれています。
染付の縁に青海波、その内側に桜が一枝、牡丹が一輪、紅葉が一枝。三つとも、花の盛りの季節は別々です。桜は春、牡丹は初夏、紅葉は秋 ── 一枚の皿の上で揃って咲くことなど、現実にはありえません。
手前には、箸が一膳。
花を活けた器に、箸は要りません。
御題
【作問修行】借り花の皿
桜、牡丹、紅葉。
花の盛りの季節は三つとも別なのに、この皿の上では揃って咲いています。
どれも花の名を借りているだけ。本当の借り主は、花ではありません。
三つの借り主を、ひと言で何と言うでしょう。
三つとも、今も品書きに残っています
桜も、牡丹も、紅葉も ── どれも今なお、料理の名前として生きています。
でもそれは、花を指してはいません。
答えを見る
答えは けもの(獣)です。
| 花 | 借り主 | 名前の由来(諸説) |
|---|---|---|
| 桜 | 馬 | 切り口が桜色だからとも、脂の乗る季節だからとも、佐倉の牧場だからとも |
| 牡丹 | 猪 | 皿に盛るとき、花のように飾ったから |
| 紅葉 | 鹿 | 花札の絵柄から出たとも |
三つの借り主をひと言でまとめると、けもの。皿の上に季節の違う三つの花が揃って咲いているのは、「花を問うているのではない」という合図でした。
由来は、どれも定まっていません
上の表を「諸説」とまとめたのは、逃げではありません。この三つは、どれも由来が一本に定まっていないのが実際のところです。
けれども、その定まらなさこそが面白いと思います。名前が先に生きて、由来は後からいくつも生えた ── そういう言葉です。使う人が理由を必要としなかった証拠で、符丁とはそういうものかもしれません。
★牡丹の説が、この作品の器を選ばせました。皿に盛るとき花のように飾ったから ── つまり器そのものが、由来の景色だったわけです。最初は膳を、次に鍋を考えていたのですが、皿に振ったときにこれが向こうから出てきました。
別解について
獣・けだもの・ケモノ・四足・よつあし・動物・生き物は、正解とします。どれも三つをまとめるひと言として成り立っています。
肉・獣肉は、惜しいです。符丁までは確かに届いています ── 桜も牡丹も紅葉も食べるものだと見抜いた方で、そこまで来れば驚きの大半はもう手元にあります。ただ、まとめる言葉としては少し粗く、皿の三つが生き物の名前であることを写していません。
馬・猪・鹿という個別の名前は、正解としません。三つのうちの一つであって、まとめた言葉になっていないからです。
花札をご存じの方ほど、二つ目でつまずく
紅葉に鹿 ── これは花札の絵柄そのものですから、札に親しんだ方は一つ目を難なく越えられます。
けれども二つ目で足が止まります。札の牡丹は蝶と組み、猪は萩と組むからです。強い足場が、そのまま偽の頂へ通じてしまう。
この道をふさぐのに、問題文へ「花札ではありません」と書く手もありました。でもそれは書いた瞬間に花札を思い出させる ── ふさぐつもりが、案内になってしまいます。そこで皿と箸という器の側でふさぎました。花札は皿に載りません。
おまけ
翌日、こんな問いを添えました。
【おまけ謎】
昨日、皿に載っていたもの ── その名を借りたのは、はばかりがあったから。
人は病んでいない体にも、ひと言を添えて箸を取りました。
そのひと言を、五文字で何と言うでしょう。
はばかりを、どうかわしたか
とがめられないための、言い換えです。
体に障るものではなく、むしろ体のためになるのだと言えば、箸が取れます。
答えを見る
答えは くすりぐひ(薬喰い)です。
獣肉を食べることを、養生(健康のため)という名目に言い換えた言葉です。病気ではない人も「これは薬喰いですから」とひと言添えて箸を取りました。
なぜ、ひと言が必要だったか
江戸時代、獣肉を食べることは表向きはばかられていました。けれども美味しいものは美味しいし、寒い夜は体の温まるものが欲しくなります。
そこで人は、建前を一つ立てました。病気を治すためではない ── 養生のため。そう言えば、とがめる側もとがめにくい。
山くじらと看板に掲げたお店もありました。江戸後期、猪肉を食べさせるお店です。猪を鯨に見立てたわけで、これもまた借り物の名前。ももんじ屋というお店は両国・四谷・麹町に実際にあり、名前の由来は「百獣(ももんじい)」がなまったもの、という説があります。
名前を借りていたのは、花だけではなかった
昨日の問いで借りられていたのは、花の名前でした。
今日の問いで借りられていたのは、薬の名前です。
品物に別の名を着せ、行いにも別の名を着せる ── 二重に名前を借りて、ようやく箸が取れた。その手間そのものが、当時のはばかりの大きさを写しています。
花の名を借り、薬の名を借り。
江戸の人は、名前を借りるのが上手でした。禁じられているものを、正面から破りもせず、諦めもせず、別の名前を一つ着せて通す ── その身のこなしが、そのまま言葉として残っています。
桜も、牡丹も、紅葉も、今なお料理の名前として生きています。借りた名前のほうが、借りられた品物より長生きしたわけですね。
次の謎は、また改めて。