ひとつ、迎へよ
立秋の宵にござる。
暦の上ではもう秋と申しますが、障子の外はまだ昼の熱を抱いたままにて、風の一つも通りませぬ。座敷に灯をひとつ入れ申した。丸い提灯の腹が、ぼうと明るうなつて、そのまはりだけ夜が濃くなる。
盆の設へ、あらかた整うた。
膳の上には、青きものと紫のもの。傍らに細く長き棒が二本、太く短き棒が二本。そのむかうの明かりを越えた先に、黒々とした一匹が既に控へてござる。
されど、これで終ひにはならぬ。
右の上、まだ何も置いてござらぬ。
御題
【作問修行】ひとつ、迎へよ
立秋の宵にござる。 座敷に灯をひとつ入れ、盆の設へ、あらかた整うた。 されど、これで終ひにはならぬ。 右の上、まだ何も置いてござらぬ。 さて、そこに何が来る。
ヒント ── 左と右で、姿の丈が違ひまする
左に並ぶは、まだ拵へる前のもの。
右に居るは、拵へ上がつた後のもの。
同じ列の中でなく、左右で見比べられよ。
答えを見る
答へは 馬 にござる。
膳の上の四品は、二組に分かれてござつた。組み合はせて何になるかを、右の側が一つだけ先に見せてをる ── その並びを、もう一方にも及ぼせばよろしい。
| 左(拵へる前) | 脚の寸法 | 拵へ上がり |
|---|---|---|
| 茄子 | 太く短き二本 | 牛(右下に既に控へてござる) |
| 胡瓜 | 細く長き二本 | 馬(右上の空いた枠) |
紫の丸きに太短き脚を挿せば、背の低い四つ足になり申す。ならば青き長きに細長き脚を挿せば ── 駆けるものにござらう。盆に迎へる精霊馬、これにござる。
★ 褒美の話を三つ
一つ、これは全国の風習ではござらぬ。 精霊馬を飾るは東日本が中心にて、西日本には飾らぬ地域が少なからずござる。また浄土真宗は教義の上から飾りませぬ ── 阿弥陀の本願により往生は既に定まつてをり、迎へも送りも要らぬ、といふ筋にござる。この謎が解けなんだ方の中には、「見たことがない」が答へであつた方もをられませう。それは知恵の不足ではなく、育つた土地の違ひにござる。
二つ、青きが馬・紫が牛の見立て自体は、揺れませぬ。 地域によつて違ふのはどちらに何をさせるかの側にござる(これは下のおまけの話)。
三つ、拵へは割り箸が多うござる。 絵の中の棒を「ただの箸」と読まれた方 ── その読みも正しうござる。箸であり、脚でもある。知る者には脚に見え、知らぬ者には箸に見える。この二重が、今回の関所にござつた。
おまけ
翌日、もう一問を重ね申した。本問の答へが分かつてをらねば入れぬ、重ね問にござる。
【おまけ謎】
昨日、右の上に迎へたるもの ── あれと、下に控へし牛と。 二匹、脚の寸法が違ひ申す。細く長きと、太く短きと。 多くの家では、片方に来る道を、片方に帰る道を負はせてござる。 いづれがいづれぞ。さて、なぜ速さを違へた。
おまけのヒント ── 待つ側の心持ちで読まれよ
早く来てほしいのは、いづれの道にござらうか。
答えを見る
迎へは早く、送りはゆるやかに。
細く長き脚のものに乗つて、早く帰つて来られるやうに。太く短き脚のものに乗つて、名残を惜しみつつ、ゆるゆると戻られるやうに。
脚の寸法の違ひは、飾りの都合ではござらぬ。待つ側の心持ちが、そのまま形になつてをるのにござる。会ひたい気持ちが速さを求め、別れがたい気持ちが遅さを求める。同じ家の中で、行きと帰りで願ひの向きが逆になる ── その二つが、膳の上に並べて置かれてござつた。
★ ただし、逆に伝へる地域も現にござる。
牛に乗つて迎へ、馬に乗つて送る、と申す土地がござる。理も通つてをり ── 牛の背に荷を負はせてゆるりと迎へ、帰りは馬で早う、といふ考へ方にござる。あるいは「土産を牛に載せて」とも申しまする。
節分の掛け声が土地ごとに違ふのと同じにて、どちらが正しいといふ話ではござらぬ。口上に「多くの家では」と一句を入れておいたは、この逃げ道にござつた。もし御家の言ひ伝へが逆でござつたなら、それはそれで正しうござる。
同じ二品を並べて、片方は来る道を、片方は帰る道を負ふ。
物の形が違ふのではござらぬ。同じ盆の上で、こちらの願ひの向きが二つに割れてゐる、それだけのことにござる。年に一度、迎へて、送る。その往きと還りの寸法の差が、細き脚と太き脚に化けて膳に載る。
暮らしの中の道具は、案外、こちらの心の形をそのまま写してをりまする。
次なる謎、また改めて。