海の日、判じ絵三景
海の日にござった。
祝ひの名は新しうござるが、海に負ふところは江戸とて同じこと。あの町は、川と海の水に運ばれて育ちましたゆゑ。魚も塩も薪も、みな舟で参る。
さて、その海の縁にちなみ、絵を三枚並べました。判じ絵と申すは、絵を目で見て耳で読む遊び。描かれた物の名を音に移し、つなげて別の言葉を立てる。江戸の者はこれを店の看板にも、暦の絵にも使ひましてござる。
三枚つなげて読めば、夏の飯の友。まづは絵を、もう一度ご覧あれ。
御題
【作問修行】海の日、判じ絵三景
本日は海の日。江戸もまた、海に育てられし町にござる。
三つの絵、つなげて読めば夏の飯の友。 逆さは逆さに、隠れた分は読まぬが約束。
さて、その四文字、何と読む。
#作問修行中 #謎解き #海の日 #判じ絵
絵の三枚、何を読むか
一枚目は、置かれた向きに約束がござる。
二枚目は、袋ではなく、袋から覗いてをるものを見られよ。
三枚目は、中身を問はず、その姿のままの名で足る。
答えを見る
答へは つくだに(佃煮)。
| 絵 | 描かれたもの | 読み | 約束 |
|---|---|---|---|
| 一枚目 | 逆さに置かれた靴 | くつ → つく | 「逆さは逆さに」=音の順を返す |
| 二枚目 | 巾着から半分覗く札 | ふだ → だ | 「隠れた分は読まぬ」=袋に隠れた「ふ」を捨てる |
| 三枚目 | 縄をかけた荷 | に | そのままの名で足る |
つなげて つく・だ・に。夏の飯の友、佃煮にござる。
この問の関所は、二枚目にござった。目は大きい巾着へ向かひますが、読むべきは小さな札の方。「袋でなく中身を見る」── この視点の移し替へが、三枚のうち一番の坂と見てをりました。
一枚目の逆さ靴は、口上に「逆さは逆さに」と明かしてござるゆゑ、約束を知れば躓きませぬ。判じ絵の作法としては、この逆さ読みが最も古くからある手にござる。
おまけ
翌日、解かれた御仁へ今ひとつ投げましてござる。
昨日の三つの絵、すでに読み解かれた御仁へ、今ひとつの座興を。
真ん中の絵のひもをほどき、濁りを捨てて組み替ふれば、現るる五文字。 東照神君に召され、漁師たちが辿りし道のりを思へば、おのづと知れませう。
ほどけば、一文字増える
本問では「読まぬ」と約束した一文字が、ここでは戻って参ります。
四文字が五文字になれば、あとは組み替へるのみ。
答えを見る
答へは くにふたつ(国二つ)。
解き筋は三段にござる。
- 紐をほどく ── 巾着に隠れてゐた「ふ」が戻り、二枚目は「ふだ」の全き読みとなる。四文字が五文字へ。 → つく・ふだ・に = つくふだに
- 濁りを捨てる ── 「だ」の濁点を外す。 → つくふたに
- 組み替へる ── 五文字を並べ替へる。 → くにふたつ
漁師たちが辿りし道のりとは、摂津より武蔵へ。国が二つにござる。
別解について:並べ替への語順そのものは縛れませぬゆゑ、ふたつくに も正解として受けまする。「国二つ」「二つ国」── いづれも同じ景を指してをりますれば。
また、二枚目を「ふだ」と読み切って本問の答へを「つくふだに」とされた御仁もあらうと存じます。口上の「隠れた分は読まぬが約束」がその戸を閉めてござるのですが、絵の側だけを見れば当然に浮かぶ読みにござる。むしろその読みを一日おいて拾ひ直すのが、このおまけの狙ひでござった。
佃島の話
さて、なぜ摂津と武蔵の二国が出て参るのか。
佃煮の名の元は、隅田川の河口に浮かぶ佃島にござる。そしてその島の名は、はるか西の摂津国佃村(今の大阪市西淀川区あたり)から参りました。
言ひ伝へによれば、縁の始まりは天正の頃。徳川家康公が摂津へ参詣の折、神崎川を渡らうとして舟がなく、佃村の漁師たちが舟を出して渡し申し上げた ── これが目に留まったと申します。
やがて家康公が江戸へ入られたのち、佃村の漁師たちは江戸へ召され、隅田川河口の寄洲を賜りました。彼らはそこを埋め立てて島とし、故郷の名を取って佃島と名づけた。故郷の住吉神社もまた勧請し、島に迎へましてござる。今の佃住吉神社にござる。
漁師たちは江戸湾の魚を将軍家へ献じ、その残りの雑魚を塩や醤油で煮しめて保存の食としました。これが島の名とともに佃煮と呼ばれ、やがて江戸中へ、日本中へ広まった ── といふ筋書きにござる。
※年次や参詣先の細部は諸説あり、書物によって食ひ違ひまする。ここでは「天正の頃」「摂津参詣の折」と幅を持たせて記しました。
ひとつの漁村の名が、川を渡す舟一艘の縁から、飯の上の一箸にまで届いてをる。
摂津から武蔵へ。おまけの五文字は、その道のりの謎にござった。
結びに
判じ絵の面白みは、絵が「見るもの」から「読むもの」へ裏返る一瞬にござる。靴は履物であることをやめ、ただ「くつ」といふ二音になる。荷は中身を問はれず、「に」の一音になる。
物が名に、名が音に、音が別の物に。江戸の者はこの裏返しを、看板にも判じ物にも惜しみなく使ひましてござった。
次なる謎、また改めて。