賀寿暦月の理
算式が二つ、並べてござる。
上の一つは既に答が据ゑてあり、下の一つは空いたままにござる。
式に並ぶは数にあらず、いづれも字にござる。茶、米、卯、霜、白、かんな ── 見慣れた字が、算術の顔をして立つてをり申す。
御題
【作問修行】賀寿暦月の理
茶より米を減じ、卯をもってこれを除けば【 5 】 を得る。
霜をもって白を除し、これに「かんな」を加えれば、何を得るか?
賀寿の年・暦月の数
茶寿・米寿・白寿── それぞれ何歳の祝ひにござるか。
霜月、皐月、神無月── 暦月の名は、月の数と結びついておる。
「除く」「除す」── 此処での「除」は、足し引きにあらず。割算にござる。前段の式、しかと検めて参られよ。
答えを見る
答へは 19 にござる。
前段 ── 読者への手解き
| 名 | 齢 | 値 |
|---|---|---|
| 茶寿 | 百八歳 | 108 |
| 米寿 | 八十八歳 | 88 |
| 卯 | 卯月(四月) | 4 |
得られし 5、即ち 皐月(五月) にござる。
後段 ── 本題
| 名 | 値 | 由来 |
|---|---|---|
| 白寿 | 99 | 九十九歳の祝ひ |
| 霜月 | 11 | 十一月 |
| かんな | 10 | 神無月(十月) |
得られし数 19 ── これが御題の問ふ答にござる。
併せ読めば、一日が立つ
前段で得し 5 は 皐月、後段の 19 は 十九日。二つを併せ読めば 皐月十九日 となり申す。
しかして此の日は何の日ぞ
御賢察の通り、此の謎を X にて世に問ひしその日── 五月十九日にござる。
二つの数の指す一日が、謎の出題日その日にあたる。算術と暦と、賀寿の名とが、一日の上にぴたりと重なる仕掛けにござりける。
★ 解いた御仁への、二つの土産話
一、賀寿は、もと四十より始まり申した。
齢を祝ふ習ひを算賀と申す。四十を老いの初めと見て、以後十年ごとに五十の賀、六十の賀と祝うたものにござる。奈良の御代には既に行はれてをり、『東大寺要録』には天平十二年、聖武天皇の四十の賀の記が遺ると申す。
面白きは祝ひの品にござる。年の数に、品の数を合はせる習ひであつた ── 四十の賀ならば経を四十巻、白馬を四十頭。数そのものを贈る形にござる。
さて、六十一の還暦、七十七の喜寿、八十八の米寿が始まりしは、室町の頃と申す。
しかして面白きは、本作が同じ盤に並べた米寿・白寿・茶寿の三つ、来歴の古さが揃うてをらぬことにござる。大部の国語辞典が引く、最も古い用例を並べればかうなり申す。
| 名 | 辞典が引く最も古い用例 |
|---|---|
| 米寿 | 十九世紀前半『諸国風俗問状答』〔補注に、室町末の『運歩色葉』が「米年」を八十八歳とする旨も〕 |
| 白寿 | 昭和三十六年、山川方夫の小説 |
| 茶寿 | 用例を一つも載せず〔字義のみ〕 |
★但し、初出の用例はその年に語が生まれた証しにはあらず。辞典が拾ひ得た最も古い一例にすぎ申さぬ。茶寿の空欄もまた、「無い」ではなく「載せてをらぬ」にござる。
★のみならず、百科の側も割れてござる。『日本大百科全書』は米寿を長らく最後の祝ひとし、卒寿・白寿は後から加はりて近年定着したと申す。されど『世界大百科事典』は、白寿もまた中世以来の伝統と申す。同じ棚の同じ語が、二つの書物で別の齢を負うてござる。
初めは十年刻みの、素つ気なき数であつた。年に数を合はせる古き習ひが、やがて名の中に数を封ずる遊びへ移り申したと読めば、この謎の骨は千年の来歴を負うてござる。そしてその千年は、いまだ一つに畳まれてはをり申さぬ。
二、「かんな」の「な」は、無にはあらず。
神無月の「な」は、「の」を意味する格助詞にて、「神の月」と見るが有力の由〔古語辞典・国語辞典〕。「無」は後の世の当て字にござる。『万葉集』の頃は「神な月」と書かれてをり申した。
諸国の神が出雲へ集ふゆゑ神が居らぬ、といふ話は中世に生まれた俗説にて、出雲では逆に神在月と呼ぶ。字が先にあつて、話が後から追ひついた形にござる。
さて、本作の御題を今いちど御覧じよ。「かんな」と仮名で書き、「無」の字は一度も使うてござらぬ。謎は音のみを借りて、字を借りなんだ ── 図らずも、万葉の「神な月」に近き姿になつてをり申した。
── 賀寿の漢字に潜む数 ──
茶寿・米寿・白寿の名、いづれも齢の数を漢字の中に封じてござる。一見、ただの祝言の名のやうで、その実は精緻な分解の妙が宿る。
米寿 ── 88歳
「米」の字を分解すれば、八・十・八。即ち八十八。
ヽノ ← 八(上)
十 ← 十
ノヽ ← 八(下)白寿 ── 99歳
「百」の字より「一」を取り去れば、「白」となる。 百から一を引きて、九十九。
茶寿 ── 108歳
「茶」の字を上下に分解する。
- 上の「艹(くさかんむり)」を 十・十 と読みて、二十
- 下の「㐆」を、米寿の「米」と同じく八十八と読む
二十 + 八十八 = 百八。
齢の数を漢字の形そのものに封じ込めるこの趣向、和の言葉の妙の極みとも申すべきものにござる。
齢を祝ふ名と、月を呼ぶ名。いづれも、数を名に隠す古の知恵にござる。此度の謎、その二つを橋渡して、一日の日付を浮かび上がらせ申し候。
茶寿、米寿、白寿── かやうな名を耳にしたるとき、ふと「されば此の中に幾つの数が封じられておるか」と思ひ起こされなば、作者として此の上なき喜びにござる。
次なる謎、また改めて。
計算式が二つ、並べてあります。
上の一つはすでに答えが据えてあり、下の一つは空いたままです。
式に並んでいるのは数ではなく、どれも文字です。茶、米、卯、霜、白、かんな ── 見慣れた文字が、算術の顔をして立っています。
御題
【作問修行】賀寿暦月の理
茶より米を減じ、卯をもってこれを除けば【 5 】 を得る。
霜をもって白を除し、これに「かんな」を加えれば、何を得るか?
賀寿の年・暦月の数
茶寿・米寿・白寿── それぞれ何歳のお祝いでしょうか。
霜月、皐月、神無月── 暦月の名は、月の数と結びついています。
「除く」「除す」── ここでの「除」は、足し引きではありません。割算です。前段の式を、しっかり検めてみてください。
答えを見る
答えは 19 です。
前段 ── 読者への手解き
| 名 | 齢 | 値 |
|---|---|---|
| 茶寿 | 百八歳 | 108 |
| 米寿 | 八十八歳 | 88 |
| 卯 | 卯月(四月) | 4 |
得られた 5、つまり 皐月(五月) です。
後段 ── 本題
| 名 | 値 | 由来 |
|---|---|---|
| 白寿 | 99 | 九十九歳のお祝い |
| 霜月 | 11 | 十一月 |
| かんな | 10 | 神無月(十月) |
得られた数 19 ── これが御題の問うている答えです。
併せて読むと、一日が立ちあがる
前段で得た 5 は 皐月、後段の 19 は 十九日。二つを併せて読めば 皐月十九日 になります。
そしてこの日は何の日か
お察しの通り、この謎を X で世に問うたその日── 五月十九日です。
二つの数が指す一日が、謎の出題日そのものにあたる。算術と暦と、賀寿の名とが、一日の上にぴたりと重なる仕掛けでした。
★ 解いた方への、二つの土産話
一、賀寿は、もともと四十から始まりました。
年齢を祝う習わしを算賀といいます。四十を老いの初めと見て、以後十年ごとに五十の賀、六十の賀と祝ったものでした。奈良時代にはすでに行われており、『東大寺要録』には天平十二年、聖武天皇の四十の賀の記録が残っているそうです。
面白いのは祝いの品です。年の数に、品の数を合わせる習わしでした ── 四十の賀なら経を四十巻、白馬を四十頭。数そのものを贈る形です。
さて、六十一の還暦、七十七の喜寿、八十八の米寿が始まったのは、室町の頃だといいます。
そして面白いのは、この謎が同じ盤に並べた米寿・白寿・茶寿の三つが、来歴の古さでは揃っていないことです。大きな国語辞典が引いている、最も古い用例を並べるとこうなります。
| 名 | 辞典が引く最も古い用例 |
|---|---|
| 米寿 | 十九世紀前半『諸国風俗問状答』〔補注に、室町末の『運歩色葉』が「米年」を八十八歳とする旨も〕 |
| 白寿 | 昭和三十六年、山川方夫の小説 |
| 茶寿 | 用例が一つも載っていない〔字義のみ〕 |
★ただし、初出の用例はその年に語が生まれた証拠ではありません。辞典が拾えた最も古い一例にすぎません。茶寿の空欄も、「無い」のではなく「載っていない」のです。
★それどころか、百科事典の側も割れています。『日本大百科全書』は米寿を長らく最後の祝いとし、卒寿・白寿は後から加わって近年定着したとしています。しかし『世界大百科事典』は、白寿もまた中世以来の伝統だとしています。同じ棚の同じ語が、二つの書物で別の年齢を負っているわけです。
はじめは十年刻みの、素っ気ない数でした。年に数を合わせる古い習わしが、やがて名の中に数を封じる遊びへ移ったと読めば、この謎の骨は千年の来歴を負っていることになります。そしてその千年は、まだ一つに畳まれてはいません。
二、「かんな」の「な」は、無ではありません。
神無月の「な」は、「の」を意味する格助詞で、「神の月」と見るのが有力だそうです〔古語辞典・国語辞典〕。「無」は後の世の当て字でした。『万葉集』の頃は「神な月」と書かれています。
諸国の神が出雲へ集まるから神がいない、という話は中世に生まれた俗説で、出雲では逆に神在月と呼びます。字が先にあって、話が後から追いついた形です。
さて、この謎の御題をもう一度ご覧ください。「かんな」と仮名で書き、「無」の字は一度も使っていません。謎は音だけを借りて、字を借りなかった ── 図らずも、万葉の「神な月」に近い姿になっていたわけです。
── 賀寿の漢字に潜む数 ──
茶寿・米寿・白寿の名は、どれも年齢の数を漢字の中に封じています。一見、ただの祝いの名のようで、その実は精緻な分解の妙が宿っています。
米寿 ── 88歳
「米」の字を分解すれば、八・十・八。つまり八十八。
ヽノ ← 八(上)
十 ← 十
ノヽ ← 八(下)白寿 ── 99歳
「百」の字から「一」を取り去れば、「白」になります。 百から一を引いて、九十九。
茶寿 ── 108歳
「茶」の字を上下に分解します。
- 上の「艹(くさかんむり)」を 十・十 と読んで、二十
- 下の「㐆」を、米寿の「米」と同じく八十八と読む
二十 + 八十八 = 百八。
年齢の数を漢字の形そのものに封じ込めるこの趣向は、和の言葉の妙の極みとも言うべきものです。
年齢を祝う名と、月を呼ぶ名。どちらも、数を名に隠す古い知恵です。この謎は、その二つを橋渡しして、一日の日付を浮かび上がらせました。
茶寿、米寿、白寿── こういう名を耳にしたとき、ふと「ではこの中に幾つの数が封じられているのだろう」と思い起こしていただけたなら、作者としてこの上ない喜びです。
次の謎は、また改めて。