難易度 ★★☆☆☆

土用の膳


土用の膳

簾ごしの光が縁側に縞を落とし、井戸の水の恋しき頃にござる。

土用と申せば、世間はこぞって鰻を語る。鰻屋の煙、店先の貼り紙、辻に立つ「本日丑の日」の札 ── どこを向いても、あの一匹の姿ばかり。

されど、この膳には鰻が一匹もをらぬ。

染付の鉢に冷やしうどん、氷を浮かべ、梅干しを一粒。傍らには白瓜の半切り。ただそれだけの、涼しげな膳にござる。

鰻のをらぬ土用の膳に、しかし土用の習ひは確かに宿ってをる。さて、どこに宿ってをるか。

御題

【作問修行】土用の膳

暑気いよいよ盛り、井戸の水の恋しき頃にござるな。

夏の膳に、涼を三品。 その名を口に上せれば、いづれも同じ音より始まる。

時は土用 ── 夏負けせぬ習ひの一音、さて何と読む。

膳の上、三品の名を声に出して

字を見るのではござらぬ。声に出すのが肝要。

鉢の中の麺、その上の一粒、傍らの青き瓜 ── 三つの名を、順に口に上せてごらうじろ。頭の音が、揃うてござる。

答えを見る

答へは 「う」 の一字にござる。

膳の品頭の音
冷やしの麺どん
鉢に沈む一粒め(梅干し)
傍らの青き瓜り(白瓜)

「うの字尽くし」── 帳のうちでの、この作の名

拙者、作を仕込む折には帳中に別の名を付けてござる。この作の帳中名が「うの字尽くし」── 表に出す題は「土用の膳」と伏せてござった。題に「うの字」と書いてしまへば、その場で答へが漏れ申すゆゑ。

鰻をらぬ膳の理

土用の丑の日に鰻を食すは、今や誰もが知る習ひにござる。されどこの習ひ、もとをたどれば**「丑の日に『う』のつく物を食せば夏負けせぬ」**といふ、より広い言ひ習はしにござった。

うどん、梅干し、瓜、うさぎ、馬肉 ── いづれも「う」の一字を戴く夏の養生食。鰻はそのうちの一つに過ぎ申さぬ。

ゆゑにこの膳、鰻が一匹もをらずとも、土用の膳として何ら欠けてをらぬ。むしろ「うの字」の習ひの、もとの姿に近いと申せませう。

世間中が鰻を語るその前夜に、鰻一匹をらぬ膳を掲げる ── 名と実のねじれを、静かな形で仕組んだ一問にござった。

おまけ

翌る日、こんな問ひを添へてござる。

昨日の一問、すでに解かれた御仁へ、今ひとつ。

土用は夏のみにあらず、四季にござる。 春は戌の日、秋は辰の日、冬は未の日 ── それぞれ、また別の頭文字のつくものを食すが習ひ。

さて、その三つの音、何と何と何か。

その「う」は、どこから来たか

覚えるべきは三つの音にあらず、一つの規則にござる。

夏は丑の日、そして「う」── この二つが、なにゆゑ結びつくのか。丑と申す字を、訓で声に出してみられよ。

規則さへ見えれば、戌・辰・未も同じ手で読めまする。

答えを見る

答へは 「い」「た」「ひ」 の三音にござる(順不同)。

種明かし ── 十二支の、頭の一音

規則はいたって素直。その日の十二支を訓で読み、その頭の一音を採る。ただそれだけにござる。

土用の日頭の音食す物の例
戌の日芋・鰯・いちご
丑の日うどん・梅・瓜・鰻
辰の日大根・玉子・筍
未の日つじ鮃・ひじき・氷魚

「丑の日に『う』」の一句を、誰もが習ひとして覚えてござる。されどその「う」が丑(うし)の頭の音であると気づけば、残る三季は解ける ── これが本問の仕掛けにござった。

関所は「未」の一字

さて、この問ひの真の関所は**冬の「未」**にござる。

十二支を諳んじる折、子・丑・寅・卯・辰・・午・ ── と数へる。この「巳」を「み」と読むゆゑ、隣の「未」までつられて「」と読んでしまふ御仁が多い。

されど「未」はひつじ。ゆゑに冬の土用は「」にござる。「み」と答へられた方、惜しうござった ── そこが、この問ひの一番の落とし穴にござる。

四支の理 ── なぜ戌・丑・辰・未なのか

十二支のうち、なぜこの四つが選ばれたか。

土用とは、五行(木・火・土・金・水)を四季に配する折に生じる**「土」の期間にござる。そして十二支のうち戌・丑・辰・未の四支が、五行で「土」に配される**。

四季それぞれの土用に、その季を代表する「土」の支の日を当てる ── 気まぐれの取り合はせにあらず、五行の理がきちんと通ってござる。

色もまた、季ごとに

さらに申せば、土用には食す物の色まで定まってござる。

一字
白い物
黒い物
青い物
赤い物

夏の土用に「黒い物」── 鰻の蒲焼の色を思へば、なるほどと膝を打つ話にござる。

丑の日が二度ある年

なほ、土用は十八日ほど続き申すゆゑ、十二日で一巡する十二支のうち丑の日が二度巡る年がござる。二度目を「二の丑」と申す。

ちなみに本年(二〇二六年)の夏の土用は七月二十日より八月六日まで。丑の日は七月二十六日の一度きり、二の丑はござらぬ。


鰻をらぬ膳に土用を託し、丑の一字に四季を隠す。

習ひとは、覚えるものにあらず、もとをたどれば理が見えるもの ── さう思へば、暑気払ひの一膳もまた、なかなかに味はひ深うござる。

次なる謎、また改めて。

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