三図誰そ彼 其の二
一枚の紙に、三つの図が並べてござる。
昼の店先、昼の座敷、夜の庭。人も、齢も、刻も違うてござる。
三図誰そ彼、其の二にござる。其の一は、一人の手より生まれた物を三つ並べ申した。此度は物にあらず ── 為したことを三つ、並べてござる。
御題
【作問修行】三図誰そ彼 其の二
かやうな男が、をり申した。
一、酒を醸し、川を鎮め、飢ゑし村に米を出した。
二、五十にして、十九も年下の師に頭を下げた。
三、地の大きさを知らんとして、星を仰いだ。三つの図、いづれも同じ一人の生涯にござる。
誰そ彼。
ヒント ── 三図を今いちど、齢の順に
絵を今いちど。三つの図、それぞれに込めし景にござる。
- 其の一・店先の図 ── 酒樽の並ぶ商家。荷を担ぐ男と、帳場で算盤をはじく男。
- 其の二・座敷の図 ── 畳に手をつき深く頭を下げる年老いた男と、その正面に座る若い男。
- 其の三・夜の庭の図 ── 星空の下、背の高い器械に手を添へて天を仰ぐ、年老いた男の後ろ姿。
三枚は、齢の順に並べてござる。
すなはち、一枚目の帳場の男と、三枚目の後ろ姿は、同じ一人にござる。
答えを見る
答へは 伊能忠敬(いのう ただたか)にござる。
| 図 | 句 | 齢のころ |
|---|---|---|
| 一・店先 | 酒を醸し、川を鎮め、飢ゑし村に米を出した | 十七〜四十九 |
| 二・座敷 | 五十にして、十九も年下の師に頭を下げた | 五十 |
| 三・夜の庭 | 地の大きさを知らんとして、星を仰いだ | 五十五より後 |
三つの図は、一人の齢の順にござる
一枚目は、下総国佐原の商家にござる。婿として伊能家を継ぎ、酒造・米穀・水運にて家を再興いたした。名主として川の普請にもあたり、天明の飢饉の折には私財を投じて米を購ひ、窮民に施したと伝はる。二十年で家の実入りは幾倍にもなり申した。
二枚目は、その男が四十九にて家督を長男に譲り、翌年江戸は深川へ出た折の図にござる。門を叩いた先は幕府天文方の高橋至時。時に忠敬五十、至時三十一。十九の年の差を越えて、老いた弟子が若き師に頭を下げてござる。
三枚目は、夜の庭にて象限儀を据ゑ、星の高さを測る姿にござる。知らんとしたは星そのものにあらず ── 子午線一度の長さ、すなはち地の大きさにござつた。
三つの図に、地図が一枚も無い
世があの者と聞いて真つ先に思ひ浮かべるもの ── 日本国中を歩いて地図を作つた男の姿 ── それだけが、三つの図にも三つの句にも、一枚として一字として置いてござらぬ。
地図は名目にござつた。蝦夷地の地図作成を願ひ出て、その道すがら子午線一度を実測する。さういふ企てにて幕府の許しを得たものにござる。
「歩いて日本地図を作つた人」としか覚えてをらぬ者は、三枚の図の前で立ち止まり申す。そこがこの謎の関所にござつた。
★ 解いた御仁への、二つの土産話
一、あの者が得た値は、二十八里二分にござる。
子午線一度の長さ。これを三百六十倍すれば、地球ひとまはりの丈が出申す。現に今日の測りともよく合うてござる。江戸の夜空を仰ぎ、竿と縄で地を刻んで得た数にござる。
二、その値を見て、師弟が手を取り合うて喜んだと伝はる。
師の高橋至時は、西洋の暦書より算した値を持つてござつた。弟子が野より持ち帰つた数と、書物より出た数とが、ほぼ重なつた ── さう伝へられてござる。
五十にして頭を下げた甲斐が、この一夜にあつたと申せませう。
別解のこと
- 受ける ── いのうただたか/伊能忠敬。綴りの揺れは問ひ申さぬ。
- 受けぬ ── 渋川春海、高橋至時、間重富。いづれも星を測り暦に関はつた者にて、三枚目だけを見れば確かに立ち申す。されど一枚目の佐原の商家にも、二枚目の五十の弟子入りにも、一枚として掛かり申さぬ。三つ揃へて初めて、一人に絞れる仕掛けにござる。
おまけ
【おまけ謎】
地の大きさを知らんとして、あの者が測つたは二つにござる。
一つは、さきの三句に書いてござる。夜ごと仰いだ、星の高さ。
いま一つは、三句のいづれにも書いてござらぬ。
昼のあひだ、竿を立て縄を延べて、幾年も刻み続けたもの。何にござるか。
おまけのヒント ── 星だけでは、足り申さぬ
夜に測るは、天にござる。されど天だけを幾ら測つても、地の丈は出申さぬ。
昼のあひだ、竿と縄で刻み続けたもの ── それが揃うて初めて、一つの答が立ち申す。
答えを見る
答へは 道のりにござる。(距離・里数・道程なども受け申す)
子午線一度の長さを知るには、二つが要り申す。
- 一つは、南北二地点の星の高さの差。これが天の側の目盛りにござる。
- いま一つは、その二地点を結ぶ地の上の長さ。これが道のりにござる。
天の目盛りだけを幾ら精しく測つても、地の上の長さを知らねば、一度が何里にあたるかは出申さぬ。あの者が幾年も竿を立て縄を延べたは、まさにこの一つを刻むためにござつた。
星と道のり、二つ揃うて初めて地の大きさが出る。三句が書いてゐたは、そのうちの一つだけにござつた。
其の一に立ちし福内鬼外は、名を幾つも持ち替へて世を渡つた男にござつた。
其の二の男は、名を一つのまま、生涯を二つに割り申した。四十九まで商ひ、五十より学んだ。世が覚えてをるは後の半分だけにござれど、前の半分が無ければ、後の半分は立ち申さぬ ── 家産も、川普請で覚えた測りの技も、みなそこから来てござる。
遅きに失したと思ふ齢は、案外、そこには無いのやも知れませぬ。
次なる謎、また改めて。
一枚の紙に、三つの絵が並べてあります。
昼の店先、昼の座敷、夜の庭。人も、年齢も、時刻も違います。
「三図誰そ彼」の其の二です。其の一は、一人の手から生まれた物を三つ並べました。今回は物ではなく ── 為したことを三つ、並べてあります。
御題
【作問修行】三図誰そ彼 其の二
こういう男が、おりました。
一、酒を造り、川を鎮め、飢えた村に米を出した。
二、五十歳で、十九も年下の師に頭を下げた。
三、地球の大きさを知ろうとして、星を仰いだ。三つの絵は、どれも同じ一人の生涯です。
さて、誰でしょう。
ヒント ── 三つの絵をもう一度、年齢の順に
絵をもう一度。三つの図、それぞれに込めた景色です。
- 其の一・店先の図 ── 酒樽の並ぶ商家。荷を担ぐ男と、帳場で算盤をはじく男。
- 其の二・座敷の図 ── 畳に手をついて深く頭を下げる年老いた男と、その正面に座る若い男。
- 其の三・夜の庭の図 ── 星空の下、背の高い器械に手を添えて天を仰ぐ、年老いた男の後ろ姿。
三枚は、年齢の順に並べてあります。
つまり、一枚目の帳場の男と、三枚目の後ろ姿は、同じ一人です。
答えを見る
答えは 伊能忠敬(いのう ただたか)です。
| 図 | 句 | 年齢のころ |
|---|---|---|
| 一・店先 | 酒を造り、川を鎮め、飢えた村に米を出した | 十七〜四十九 |
| 二・座敷 | 五十歳で、十九も年下の師に頭を下げた | 五十 |
| 三・夜の庭 | 地球の大きさを知ろうとして、星を仰いだ | 五十五より後 |
三つの絵は、一人の年齢の順です
一枚目は、下総国佐原の商家です。婿として伊能家を継ぎ、酒造・米穀・水運で家を立て直しました。名主として川の普請にもあたり、天明の飢饉のときには私財を投じて米を買い、窮民に施したと伝えられます。二十年で家の実入りは何倍にもなりました。
二枚目は、その男が四十九歳で家督を長男に譲って隠居し、翌年に江戸の深川へ出たときの絵です。門を叩いた先は幕府天文方の高橋至時。このとき忠敬五十歳、至時三十一歳。十九の年の差を越えて、老いた弟子が若い師に頭を下げています。
三枚目は、夜の庭に象限儀を据えて、星の高さを測る姿です。知ろうとしたのは星そのものではなく、子午線一度の長さ ── つまり地球の大きさでした。
三つの絵に、地図が一枚も無い
世間があの人と聞いて真っ先に思い浮かべるもの ── 日本中を歩いて地図を作った男の姿 ── それだけが、三つの絵にも三つの句にも、一枚として一字として置かれていません。
地図は名目でした。蝦夷地の地図作成を願い出て、その道すがら子午線一度を実測する。そういう企てで幕府の許可を得たのです。
「歩いて日本地図を作った人」としか覚えていない人は、三枚の絵の前で立ち止まります。そこがこの謎の関所でした。
★ 解いた方への、二つの土産話
一、あの人が得た値は、二十八里二分です。
子午線一度の長さ。これを三百六十倍すれば、地球ひとまわりの長さが出ます。実際、今日の測定ともよく合っています。江戸の夜空を仰ぎ、竿と縄で地を刻んで得た数でした。
二、その値を見て、師弟が手を取り合って喜んだと伝えられています。
師の高橋至時は、西洋の暦書から算出した値を持っていました。弟子が野から持ち帰った数と、書物から出た数とが、ほぼ重なった ── そう伝えられています。
五十歳で頭を下げた甲斐が、この一夜にあったと言えるかもしれません。
別解のこと
- 受けます ── いのうただたか/伊能忠敬。表記の揺れは問いません。
- 受けません ── 渋川春海、高橋至時、間重富。どれも星を測り暦に関わった人で、三枚目だけを見れば確かに立ちます。けれども一枚目の佐原の商家にも、二枚目の五十歳の弟子入りにも、一枚として掛かりません。三つ揃えて初めて一人に絞れる仕掛けです。
おまけ
【おまけ謎】
地球の大きさを知ろうとして、あの人が測ったものは二つあります。
一つは、さきほどの三句に書いてあります。夜ごと仰いだ、星の高さ。
もう一つは、三句のどこにも書いてありません。
昼のあいだ、竿を立て縄を延ばして、何年も刻み続けたもの。何でしょうか。
おまけのヒント ── 星だけでは、足りません
夜に測るのは、天です。でも天だけをいくら測っても、地球の大きさは出ません。
昼のあいだ、竿と縄で刻み続けたもの ── それが揃って初めて、一つの答えが立ちます。
答えを見る
答えは 道のりです。(距離・里数・道程なども受けます)
子午線一度の長さを知るには、二つが必要です。
- 一つは、南北二地点の星の高さの差。これが天の側の目盛りです。
- もう一つは、その二地点を結ぶ地上の長さ。これが道のりです。
天の目盛りだけをいくら精密に測っても、地上の長さを知らなければ、一度が何里にあたるかは出ません。あの人が何年も竿を立て縄を延ばしたのは、まさにこの一つを刻むためでした。
星と道のり、二つ揃って初めて地球の大きさが出る。三句が書いていたのは、そのうちの一つだけでした。
其の一に立った福内鬼外は、名前をいくつも持ち替えて世を渡った男でした。
其の二の男は、名前を一つのまま、生涯を二つに割りました。四十九歳まで商い、五十歳から学んだ。世間が覚えているのは後ろ半分だけですが、前の半分が無ければ後ろ半分は立ちません ── 家産も、川普請で身につけた測量の技も、みなそこから来ています。
遅すぎると思う年齢は、案外そこには無いのかもしれません。
次の謎は、また改めて。