難易度 ★★★☆☆

一枚足らぬ


現代語でも読めます

この作品は、現代語版作成中です。

一枚足らぬ

縁側に、皿が一つ置いてござる。

日はまだ高く、影は短うござる。そこへ手が伸びて、一枚が宙に在る。

ただそれだけの図にござる。されど題は「一枚足らぬ」と申してござる。

御題

【作問修行】一枚足らぬ

まだ日の高き縁側に、皿が一つ。
そこから一枚、持つて行かれるところにござる。

江戸の世は、鐘の数で刻を知り申した。
その刻の名が、空腹を凌ぐ一時の名にもなり、今なほ絶えてをらぬ。

さて、何と申す。

皿の上を今いちど ── 鐘の数へ方

絵を今いちど。皿の上に在るもの、宙に在るもの。まづは数をお数へなされ。

江戸の鐘は、日の真中を九つと定め、そこから一つづつ数を減らして刻を告げ申した。夕暮れに向かふほど、数は小さうなり申す。

皿に残つた数は、そのまま鐘の数にござる。── その刻に摘まむ一口を、今の世では何と呼んでござるか。

答えを見る

答へは おやつ(お八つ)にござる。

皿の上に残つた数が、刻の名にござつた

見るもの数
皿の上八枚
宙の手一枚
合はせて九枚

九つ在つたものから一枚が去り、皿には八つが残つてござる。題の「一枚足らぬ」は、満ちた数が在つたことを告げ、数へよと命じてゐたわけにござる。

江戸の時の鐘は、日の真中を九つと呼び、そこから八つ、七つ、六つと数を減らしながら刻を告げ申した。すなはち皿に残つた八枚は、八つ時を指してござる。今の時計で申さば、午後二時頃にあたり申す。

その八つ時に摂る軽い一口が「お八つ」と呼ばれ、やがて刻の名であつたことは忘れられ、食べ物の名だけが残り申した。

口上の「空腹を凌ぐ一時の名にもなり」は、この移り変はりを指してござる。

★ 解いた御仁への、二つの土産話

一、数が減つてゆく理由は、実は定まつてござらぬ。

九つ・八つ・七つ ── 時が進むほど数が小さくなる。この数へ方には諸説あり、どれが正しいかは今もつて決着してござらぬ。陰陽の数から来たと申す説、鐘を撞く手数の都合と申す説、いづれも決め手を欠いてござる。

謎の側は、数が減つてゆくといふ事実だけをお渡し申した。なぜ減るかは、「分からぬ」が正解にござる。

二、八つの長さは、季によつて伸び縮み致す。

江戸の刻は不定時法 ── 日の出から日の入りまでを六つに割り、日の入りから日の出までをまた六つに割り申した。ゆゑに夏の昼の一刻は長く、冬の昼の一刻は短うござる。

八つ時は昼の六つのうち四つ目にあたり、日はまだ三分の一ほど残つてござる。「まだ日の高き縁側」と口上に置いたは、この算に従つてのことにござる。 「傾きかけた縁側」では、それは七つ時の景になり申す。

別解のこと

「お八つ」は受け申す。表記の揺れにござる。

されど裸の「八つ」「八つ時」は受け申さぬ。これは刻そのものの名にて、口上が問うてゐるは「空腹を凌ぐ一時の名」── すなはち刻の名から移つて、今なほ生きてゐるほうの語にござるゆゑ。

おまけ

【おまけ謎】
「まだ日の高き縁側」と申した、その日の高きうちの話にござる。

江戸の初め、膳は朝と夕の二度きりでござつた。
されど町は槌の音に明け暮れ、二度では身が保たぬ。
ほどなく、日の真中にいま一度が加はり申した。

今は誰もが三度を数へる。中の一度、何と申す。

朝と夕の、その間に

朝と夕の二度が、三度になつた。後から加はつたのは、どの一度にござらうか。

「日の真中」と口上に申してござる。今の我らが当たり前に数へてゐるその一度は、江戸の初めには無かつたものにござる。

答えを見る

答へは 昼飯(ひるめし)にござる。

昼食・昼餉・中食も同じ一度を指し、いづれも受け申す。

古くは朝夕の二食にて、日の真中の一度は後から加はり申した。町が槌の音に明け暮れる世となれば、二度では身が保たなんだわけにござる。

間の一度が、名を得るまで

朝夕の二食から三度へ移る途中、その間に挟む食は一つの名で呼ばれてをらなんだ。中食(ちゆうじき)、点心(てんしん)、勤随(ごんずい)、非食(ひじき) ── 階層ごとに呼び分けられてござる。

辞書を引けば、中食とは「朝食と夕食の間にとる食事」、すなはち空腹を満たすための軽い間食とござる。後になつて、昼の食事そのものを指すやうになり申した。親の謎の口上に置いた「空腹を凌ぐ一時」と字がほとんど重なつてござる ── 親とおまけは、同じ隙間から生まれた兄弟にござつた。

なほ、いつ三度になつたかは割れてござる。明暦の大火の復興によると申す説、元禄の頃に定着したと申す説。事典は「江戸時代に一般化」としか申しませぬ。ゆゑに口上は「槌の音に明け暮れ」と景のみ置き、年を書いてござらぬ。


九つ・八つ・七つと数へる刻の呼び名は、明治の改暦とともに退き申した。今、鐘の数で刻を申して通じる者はござらぬ。

されど「おやつ」の三文字だけは、意味を忘れられたまま生き残つてござる。語源を知らずとも、誰もが日々口にしてをる。言葉とは、さういふ残り方を致すものにござらう。

皿の上に八枚。数へた御仁は、三百年前の鐘を一つ、聞かれたことになり申す。

次なる謎、また改めて。

縁側に、皿が一つ置いてあります。

日はまだ高く、影は短い。そこへ手が伸びて、一枚が宙にあります。

ただそれだけの絵です。でも題は「一枚足らぬ」と言っています。

御題

【作問修行】一枚足らぬ

まだ日の高い縁側に、皿が一つ。
そこから一枚、持って行かれるところです。

江戸の世では、鐘の数で時刻を知りました。
その時刻の名が、空腹をしのぐひとときの名にもなり、今も絶えていません。

さて、何と言うでしょう。

皿の上をもう一度 ── 鐘の数え方

絵をもう一度。皿の上にあるもの、宙にあるもの。まずは数を数えてみてください。

江戸の鐘は、日の真ん中を九つと定め、そこから一つずつ数を減らして時刻を告げました。夕暮れに向かうほど、数は小さくなります。

皿に残った数は、そのまま鐘の数です。── その時刻につまむ一口を、今の世では何と呼んでいるでしょうか。

答えを見る

答えは おやつ(お八つ)です。

皿の上に残った数が、時刻の名だった

見るもの数
皿の上八枚
宙の手一枚
合わせて九枚

九つあったものから一枚が去り、皿には八つが残っています。題の「一枚足らぬ」は、満ちた数があったことを告げ、数えよと命じていたわけです。

江戸の時の鐘は、日の真ん中を九つと呼び、そこから八つ、七つ、六つと数を減らしながら時刻を告げました。つまり皿に残った八枚は、八つ時を指しています。今の時計でいえば、午後二時頃にあたります。

その八つ時にとる軽い一口が「お八つ」と呼ばれ、やがて時刻の名だったことは忘れられ、食べ物の名だけが残りました。

御題の「空腹をしのぐひとときの名にもなり」は、この移り変わりを指しています。

★ 解いた方への、二つの土産話

一、数が減っていく理由は、実は定まっていません。

九つ・八つ・七つ ── 時が進むほど数が小さくなる。この数え方には諸説あり、どれが正しいかは今も決着していません。陰陽の数から来たという説、鐘を撞く手数の都合という説、どれも決め手を欠いています。

謎の側は、数が減っていくという事実だけをお渡ししました。なぜ減るのかは、「分からない」が正解です。

二、八つの長さは、季節によって伸び縮みします。

江戸の時刻は不定時法 ── 日の出から日の入りまでを六つに割り、日の入りから日の出までをまた六つに割りました。ですから夏の昼の一刻は長く、冬の昼の一刻は短い。

八つ時は昼の六つのうち四つ目にあたり、日はまだ三分の一ほど残っています。「まだ日の高い縁側」と御題に置いたのは、この計算に従ってのことです。 「傾きかけた縁側」では、それは七つ時の景色になってしまいます。

別解のこと

「お八つ」は受けます。表記の揺れです。

ただし裸の「八つ」「八つ時」は受けません。これは時刻そのものの名であって、御題が問うているのは「空腹をしのぐひとときの名」── つまり時刻の名から移って、今も生きているほうの語だからです。

おまけ

【おまけ謎】
「まだ日の高い縁側」と言った、その日の高いうちの話です。

江戸の初め、膳は朝と夕の二度きりでした。
けれど町は槌の音に明け暮れ、二度では身が保たない。
ほどなく、日の真ん中にもう一度が加わりました。

今は誰もが三度を数えます。その中の一度、何と言うでしょう。

朝と夕の、その間に

朝と夕の二度が、三度になった。後から加わったのは、どの一度でしょうか。

「日の真ん中」と御題にあります。今の私たちが当たり前に数えているその一度は、江戸の初めには無かったものです。

答えを見る

答えは 昼飯(ひるめし)です。

昼食・昼餉・中食も同じ一度を指し、どれも受けます。

古くは朝夕の二食で、日の真ん中の一度は後から加わりました。町が槌の音に明け暮れる世になれば、二度では身が保たなかったわけです。

間の一度が、名を得るまで

朝夕の二食から三度へ移る途中、その間に挟む食は一つの名で呼ばれていませんでした。中食(ちゅうじき)、点心(てんしん)、勤随(ごんずい)、非食(ひじき) ── 階層ごとに呼び分けられています。

辞書を引くと、中食とは「朝食と夕食の間にとる食事」、つまり空腹を満たすための軽い間食とあります。後になって、昼の食事そのものを指すようになりました。親の謎の御題に置いた「空腹をしのぐひととき」と字がほとんど重なっています ── 親とおまけは、同じ隙間から生まれた兄弟だったわけです。

なお、いつ三度になったかは割れています。明暦の大火の復興によるという説、元禄の頃に定着したという説。事典は「江戸時代に一般化」としか言いません。ですから御題は「槌の音に明け暮れ」と景色だけを置き、年を書いていません。


九つ・八つ・七つと数える時刻の呼び名は、明治の改暦とともに退きました。今、鐘の数で時刻を言って通じる人はいません。

それでも「おやつ」の三文字だけは、意味を忘れられたまま生き残っています。語源を知らなくても、誰もが日々口にしている。言葉とは、そういう残り方をするものなのでしょう。

皿の上に八枚。数えた方は、三百年前の鐘を一つ、聞いたことになります。

次の謎は、また改めて。

現代語でも読めます

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