難易度 ★★★☆☆

番頭、湯を沸かす


現代語でも読めます

この作品は、現代語版作成中です。

番頭、湯を沸かす

商家の店先にござる。暖簾はまだ懸かつたまま、日は高うござる。

番頭が一人、紙を目から離して眉を寄せてござる。主人の書置きにて、筆は達者。されど達者に過ぎて、仮名ばかりの続け字にござる。

読み取つた番頭は、土間で湯を沸かし、盥を据ゑて待ちはじめ申した。

さて、その支度は何のためにござるか。

御題

【作問修行】番頭、湯を沸かす

暖簾のかかるうち、主人の書置きにござる。筆は達者、字は続け字。

 ひがくれたらひきやくがくる

番頭、盥に湯を汲み、客を待ちてござる。 されど、読み違へてござる。

正しく読めば、暮れ六つに来るは何者にござるか。

盥の三字を、分けてごらうじろ

番頭が盥と読み取つたは、たらひの三字にござる。

されどその三字、前の言葉と次の言葉とで分け合うてござる。

答えを見る

答へは 飛脚(ひきやく)にござる。

切れ目読み
番頭ひがくれ/たらひ/きやく/がくる日が暮れ、盥、客が来る
正ひがくれたら/ひきやく/がくる日が暮れたら、飛脚が来る

同じ十三字にござる。切る所を違へただけにて、来る者が入れ替はつてござつた。

番頭は、答へを見てをり申した

面白きは、番頭の誤りの形にござる。

盥(たらひ)と客(きやく)── この二つを継げば、飛脚(ひきやく)になり申す。

番頭は答へを目に映しながら、真ん中で切つてしまうた。割れた破片を二つ拾ひ、片方を器と見、片方を人と見た ── ゆゑに湯を沸かし、盥を据ゑ、客を待つたのでござる。

絵の靄が二つであつたは、このゆゑにござる。

★ 解いた御仁への、二つの土産話

一、江戸の文には、句読点も分かち書きもござらぬ。

我らが今読む古文に点や丸が打たれてござるは、後世の校訂者が読み手のために入れたものにござる。版本の実物、手紙の実物には、点も丸も分かち書きも無い。普及は明治以降にござる。

すなはち 切れ目は、読む者が己で入れるものでござつた。

番頭が誤つたは、番頭が愚かであつたからではござらぬ。江戸の文が、さういふ物であつたゆゑにござる。──この一問の仕掛けそのものが、江戸の書きぶりの写しであつたわけにござる。

二、飛脚には、盥が要り申さぬ。

盥に湯を汲んで出すは、座敷へ上がる者に対しての作法にござる。

旅籠の記録に残るところでは、大戸をくぐつた客はまづ埃を払ひ、女中の汲む足すすぎの盥で足を洗うてから座敷へ上がり申した。寺子屋で読まれた『童子教』にも、手洗ひと足洗ひが対になつて出て参ります。当時「土足」と申せば、履物を履いたままではなく、泥で汚れた足のことにござつた。

ただし、これらは旅籠の例にござる。商家でも同じであつたかは、直の記録を見てをり申さぬ。

されど筋は変はり申さぬ ── 飛脚は、上がらぬ。

番頭は、上がりもせぬ者のために湯を沸かし、盥を据ゑて待つてゐたわけにござる。滑稽にして、少々あはれな光景ではござらぬか。

別解のこと

ひきやく・飛脚・飛客は、いづれも受け申す。捨て仮名を使はぬ表記〔ひきやく〕でお答への御仁も、当然に正解にござる。

客とお答への御仁 ── 惜しうござる。番頭と同じ所で切られてござる。答への後ろ半分を掴んでをられるゆゑ、あと二字にて届いてござつた。

盥もまた同じ ── 答への前半分にござる。

おまけ

翌る日、こんな問ひを添へてござる。

【おまけ謎】

こたびは番頭が書置きを残した。やはり仮名ばかり、やはり続け字。

 のこりのすみをかためておきました  かえりをおまちいたします

日の暮れ、主人が戻る。 「よき気の回しやう。返しの筆にも困るまい」 されど硯箱は、朝のままにござつた。

固めておいたは、何にござるか。

主人は、何を思ひ浮かべたか

主人は「返しの筆にも困るまい」と申されてござる。

すなはち主人の頭にあつたは、硯箱の中のものにござる。

されど硯箱は、朝のまま。

答えを見る

答へは 炭(すみ)にござる。炭団(たどん)も受け申す。

親の一問は切れ目が無いことの綾、こたびは字の別が無いことの綾にござる。

「すみ」とのみ書かれてござれば、墨とも炭とも読めまする。主人は墨と読み、番頭は炭を固めてござつた ── 冬に備へて炭の粉を固めておく、炭団の支度にござる。

違へられた側が、違へる側にまはる

親とおまけを並べて御覧じろ。

書いた者読み違へた者
親主人番頭
おまけ番頭主人

同じ家、同じ日、同じ続け字。違へられた番頭が、こたびは違へさせる側にまはつてござる。

主人が「よき気の回しやう」と褒めたその一言が、そのまま誤読の証しにござる。褒められた番頭は、さぞ怪訝な顔をしたことでござりませう。

別解のこと

隅とお答への御仁 ── これは惜しうござる。

「すみ」に二つの読みが重なつてゐると見抜かれた点で、関所は確かに越えてござる。残りの炭を隅に片づけておいた ── 筋も通つてござる。

ただ、炭と隅とを分ける語は、同時に墨をも分けてしまひ申す。「固める」を「片づける」と読み替へれば隅が立ちますが、その読み替へを口上で封じれば、墨と炭の綾まで一緒に潰れてござつた。ゆゑに隅の道は、開けたまま残してござる。


主人は続け字で書き、番頭は切れ目を違へた。翌日は番頭が仮名で書き、主人が字を違へた。

点も丸も無き文を、互ひに読み合うて暮らしてゐたのが江戸にござる。読み違へは、その暮らしに織り込み済みの綻びであつたのでござりませう。

盥の湯は、さぞ冷めたことでござりませう。

次なる謎、また改めて。

商家の店先です。暖簾はまだ懸かったまま、日は高い。

番頭が一人、紙を目から離して眉を寄せています。主人の書き置きですが、筆は達者。けれども達者に過ぎて、仮名ばかりの続け字です。

読み取った番頭は、土間で湯を沸かし、盥を据えて待ちはじめました。

さて、その支度は何のためでしょう。

御題

【作問修行】番頭、湯を沸かす

暖簾のかかるうち、主人の書き置きです。筆は達者、字は続け字。

 ひがくれたらひきやくがくる

番頭は、盥に湯を汲み、客を待っています。 けれども、読み違えています。

正しく読めば、暮れ六つに来るのは何者でしょうか。

盥の三字を、分けてみてください

番頭が盥と読み取ったのは、たらひの三字です。

けれどもその三字、前の言葉と次の言葉とで分け合っています。

答えを見る

答えは 飛脚(ひきゃく)です。

切れ目読み
番頭ひがくれ/たらひ/きやく/がくる日が暮れ、盥、客が来る
正ひがくれたら/ひきやく/がくる日が暮れたら、飛脚が来る

同じ十三字です。切る所を違えただけで、来る者が入れ替わっていました。

番頭は、答えを見ていた

面白いのは、番頭の誤りの形です。

盥(たらひ)と客(きやく)── この二つを継ぐと、飛脚(ひきゃく)になります。

番頭は答えを目に映しながら、真ん中で切ってしまったわけです。割れた破片を二つ拾い、片方を器と見、片方を人と見た ── だから湯を沸かし、盥を据え、客を待った。

絵の靄が二つだったのは、そのためです。

★ 解いた方への、二つの土産話

一、江戸の文には、句読点も分かち書きもありません。

私たちが今読む古文に点や丸が打たれているのは、後世の校訂者が読み手のために入れたものです。版本の実物、手紙の実物には、点も丸も分かち書きもありません。普及は明治以降です。

つまり 切れ目は、読む者が自分で入れるものでした。

番頭が誤ったのは、番頭が愚かだったからではありません。江戸の文が、そういう物だったからです。──この一問の仕掛けそのものが、江戸の書きぶりの写しだったわけです。

二、飛脚には、盥が要りません。

盥に湯を汲んで出すのは、座敷へ上がる者に対しての作法です。

旅籠の記録に残るところでは、大戸をくぐった客はまず埃を払い、女中の汲む足すすぎの盥で足を洗ってから座敷へ上がりました。寺子屋で読まれた『童子教』にも、手洗いと足洗いが対になって出てきます。当時「土足」といえば、履物を履いたままではなく、泥で汚れた足のことでした。

ただし、これらは旅籠の例です。商家でも同じだったかは、直接の記録を見ていません。

けれども筋は変わりません ── 飛脚は、上がらない。

番頭は、上がりもしない者のために湯を沸かし、盥を据えて待っていたわけです。滑稽で、少しあわれな光景ではありませんか。

別解について

ひきゃく・ひきやく・飛脚は、どれも正解とします。捨て仮名を使わない表記〔ひきやく〕でお答えの方も、当然に正解です。

客とお答えの方 ── 惜しいです。番頭と同じ所で切っておられます。答えの後ろ半分を掴んでおられるので、あと二字で届いていました。

盥もまた同じ ── 答えの前半分です。

おまけ

翌日、こんな問いを添えました。

【おまけ謎】

今度は番頭が書き置きを残しました。やはり仮名ばかり、やはり続け字。

 のこりのすみをかためておきました  かえりをおまちいたします

日の暮れ、主人が戻ります。 「よい気の回しよう。返しの筆にも困るまい」 けれども硯箱は、朝のままでした。

固めておいたのは、何でしょうか。

主人は、何を思い浮かべたか

主人は「返しの筆にも困るまい」と言っています。

つまり主人の頭にあったのは、硯箱の中のものです。

けれども硯箱は、朝のまま。

答えを見る

答えは 炭(すみ)です。炭団(たどん)も正解とします。

親の一問は切れ目が無いことの綾、今度は字の別が無いことの綾です。

「すみ」とだけ書かれていれば、墨とも炭とも読めます。主人は墨と読み、番頭は炭を固めていた ── 冬に備えて炭の粉を固めておく、炭団の支度です。

違えられた側が、違える側にまわる

親とおまけを並べてみてください。

書いた者読み違えた者
親主人番頭
おまけ番頭主人

同じ家、同じ日、同じ続け字。違えられた番頭が、今度は違えさせる側にまわっています。

主人が「よい気の回しよう」と褒めたその一言が、そのまま誤読の証拠です。褒められた番頭は、さぞ怪訝な顔をしたことでしょう。

別解について

隅とお答えの方 ── これは惜しいです。

「すみ」に二つの読みが重なっていると見抜かれた点で、関所は確かに越えています。残りの炭を隅に片づけておいた ── 筋も通っています。

ただ、炭と隅とを分ける言葉は、同時に墨をも分けてしまいます。「固める」を「片づける」と読み替えれば隅が立ちますが、その読み替えを問題文で封じると、墨と炭の綾まで一緒に潰れてしまう。そこで隅の道は、開けたまま残してあります。


主人は続け字で書き、番頭は切れ目を違えた。翌日は番頭が仮名で書き、主人が字を違えた。

点も丸も無い文を、互いに読み合って暮らしていたのが江戸です。読み違えは、その暮らしに織り込み済みのほころびだったのでしょう。

盥の湯は、さぞ冷めたことでしょう。

次の謎は、また改めて。

現代語でも読めます

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