噛み合はぬ盆
盆の夜にござる。
座敷に盆棚をしつらへ、白布を掛け、団子と水鉢、野菜と果物を供へ申した。盆提灯が二張、静かに灯つてござる。開いた障子の外、庭先には迎へ火の細い煙が一筋。夜空には細い月。
町人の男が一人、盆棚の方を向いて正座してござる。相手は見えぬ。されど確かに、話しかけてをられる。
ご先祖がお帰りになつた ── ならば、近ごろの世がどう移り変はつたか、ご説明申し上げねばなるまい。
さう思うて口を開いたところが、どうにも噛み合ひ申さぬ。三つほど、話が食ひ違ふ。
御題
【作問修行】
噛み合はぬ盆ご先祖が、お帰りになつた。
近ごろの世の移り変はりを、ご説明申し上げる。「はて、盆は七月であらう」
「十五夜は葉月の十五日ぞ。毎年変はるのか」
「梅雨とな。七夕は秋の初めぞ」三つの食ひ違ひ、ご先祖は何を見てをられる。
三つとも、どうにも噛み合はぬ御仁へ
三つは、所の違ひでも時代の違ひでもござらぬ。数へ方が違ふてござる。
答えを見る
答へは 旧暦 にござる。
| ご先祖の暦では | 今の暦では | |
|---|---|---|
| 盆 | 七月十五日 | 八月に営む土地が多い |
| 十五夜 | 八月十五日で動かぬ | 年ごとに日が動く |
| 七夕 | 七月七日・秋の初め | 七月七日・梅雨のさなか |
★三つの食ひ違ひは、めいめい別の型にござる。盆は所で割れ(七月に営む所と八月に営む所)、十五夜は年で動き(日が定まらぬ)、七夕は名と体が合はぬ(名は残り、季だけが移つた)。一種類だけでは「土地柄であらう」で止まり、暦までは降りて参り申さぬ。
三つとも、同じ一つが因にござる
ご先祖の申されたことは、一つも間違うてござらぬ。
盆は七月十五日。十五夜は八月十五日。七夕は七月七日にて、立秋の後ゆゑ秋の初め。旧暦の上では、三つとも寸分の狂ひもござらぬ。
食ひ違うたのは、暦の方にござる。明治五年の暮れ、この国は月の満ち欠けで数へる暦を捨て、日輪で数へる暦へ移り申した。日付の名だけが、そのまま新しい暦へ持ち越された。
ゆゑに ──
盆は、七月十五日といふ名だけが残つた。されど旧暦の七月十五日は、今の暦では八月の半ばごろにあたる。土地によつてはひと月遅らせて営むやうになり、七月に営む所と八月に営む所とに割れ申した。
十五夜は、八月十五日といふ名だけが残つた。されど旧暦の十五日は必ず満月にござる(この理は、おまけの一問で申し上げる)。名を新しい暦へ移せば満月から外れるゆゑ、今も月の方に合はせて日を動かしてござる。
七夕は、七月七日といふ名だけが残つた。されど旧暦の七月七日は立秋の後 ── 初秋の行事にござつた。名を新しい暦へそのまま移したゆゑ、梅雨のさなかへ落ちてしまうた。
三つの食ひ違ひは、**所の違ひでも、時代の移り変はりでもござらぬ。**暦の数へ方が変はり、名だけが取り残された ── それだけの話にござる。
別解のこと
太陰太陽暦・陰暦は、受け申す。旧暦の正しい呼び名にござれば、退ける理がござらぬ。
改暦も、受け申す。三つの食ひ違ひを生んだ出来事そのものを名指してござる。ただ一つ申せば、ご先祖が見てをられるのは出来事ではなく、己の拠つて立つ暦にござらう。
和暦は、受け申さぬ。あれは年号の数へ方にて、日付の数へ方とは別物にござる。
二十四節気も、受け申さぬ。七夕が秋の初めである一句は説明いたしまするが、盆の月違ひも、十五夜の日の動きも説明いたし申さぬ。三つのうち一つしか解けぬ答へは、三つを束ねた問ひの答へにはなり申さぬ。
「葉月の十五日」の一句について
この一句だけが、引けば答へへ着ける坂にござる。
初めは「八月十五日」と書きかけ申した。されどこれでは、今の暦の八月十五日と読まれる。しかも本問を出したは八月十四日の夜にて、その翌日にござる。「昨日のことか」と別解を呼び込む形にござつた。
月の名で書けば、その誤読が断たれる。加へて「葉月」の一語そのものが、引けば旧暦へ着く坂になり申す。
三つの食ひ違ひのうち、調べる手がかりを渡してござるのはこの一句のみにござる。残る二つは、気づいて頂くほかござらぬ。
作りの種明かし ── 書かなんだ台詞のこと
御題をいま一度ご覧じませ。今の人の台詞が、一つも書いてござらぬ。
初めは、今の人が申し、ご先祖が異を唱へる ── その両方を書いてござつた。されど気づき申した。異は、相手の言を含んでござる。
「はて、盆は七月であらう」と申されたならば、今の人が「八月」と言うたことは、書かずとも既に書かれてござる。「毎年変はるのか」と驚かれたならば、今の人が日付を告げたことも同じ。
書かぬことで、二つ得るものがござつた。一つは声が江戸口調で揃うたこと。今の人の台詞が混じれば、そこだけ言葉の色が変はり申す。もう一つは字数にて、四十八字が浮き申した。
結びも三つの案から選び申した。「なぜであらうか」では因を問ふことになり、改暦が第一の答へになり申す。「何が挟まつてをる」では「時代」といふ別解が戻つて参る。「ご先祖は何を見てをられる」ならば、答へはご先祖の側にあるもの ── すなはち旧暦へ、一意に落ち申す。
そして、絵のこと
本問の絵には、暦も、日めくりも、文字の類も、一つも描いてござらぬ。精霊馬も置いてござらぬ。
絵が負ふてござるは場だけにて、謎は一つも負うてをり申さぬ。盆の夜であること、ご先祖をお迎へしてゐること ── それだけが伝はれば足り申す。
なれど一つだけ、細い月を描き申した。あれは二日月にござる。盆に細い月は掛かり申さぬ ── その理も、おまけの一問でご覧に入れまする。
おまけ
翌る日、こんな問ひを添へてござる。
【おまけ謎】
ご先祖の拠る暦では、ひと月がそのまま月の満ち欠け。
ついたちに始まり、満ちて、欠けて、また元の姿へ戻る。さて、その夜。
空を見上げれば、月はどう見えるか。
「元の姿へ戻る」とは、どの姿にござるか
ひと月が満ち欠けそのものならば、月の初めの姿と月の終はりの姿は、同じものにござる。
さて、ひと月の初めに、月はどう見えてござつたか。
答えを見る
答へは 新月 にござる。すなはち、月は見え申さぬ。
ついたち、とは
旧暦の一日は朔日と書き申す。朔とは、月と日輪が同じ方角に並ぶ日にて、月は光る側を我らに向けてござらぬ。ゆゑに見え申さぬ。
「ついたち」といふ読みは、「月立ち」が転じたものと申します。月が新たに立ち上がる日 ── その名のとほりにござる。
そこから月は日ごとに膨れ、十五日には必ず満月となり、また細つて、月の終はりには再び見えぬ姿へ戻り申す。そして翌る朔日から、次のひと月が始まる。
ひと月が、そのまま月の一巡り。これが月の満ち欠けで数へる暦にござる。
本問へ戻ると
ご先祖が「十五夜は葉月の十五日ぞ。毎年変はるのか」と驚かれた理が、これでお分かりかと存ずる。
旧暦の十五日は、必ず満月にござる。日付と月の姿が、初めから結ばれてござつた。ゆゑに十五夜は毎年八月十五日にて、動きやうがない。
今の暦は日輪で数へまするゆゑ、日付と月の姿が結ばれてござらぬ。それで十五夜は、毎年日を動かして満月を追ひかけることになり申した。
ご先祖にとつては、日付を見れば月の姿が分かり申した。我らにとつては、月の姿を見てから日付を決める。同じ「十五夜」の名で、順が逆になつてござる。
絵の細い月について
本問の絵に描いた細い月は、二日月にござる。
盆は十五日。旧暦の十五日ならば、満月でなければなり申さぬ。細い月が掛かる盆は、旧暦の盆ではござらぬ ── すなはちあの絵は、今の暦で営む盆の夜にござつた。
絵の中に、既に食ひ違ひが一つ、掛かつてござつた次第。
ご先祖は、何一つ間違うてをられなんだ。我らも、何一つ間違うてをらぬ。
ただ、拠つて立つ数へ方が違ふというだけで、話は三つも噛み合はなくなり申す。
盆に帰つてこられる方々は、今もなほ古い暦のままでお暮らしにござらう。ならば八月の盆に来て頂くのは、ひと月遅れのお招きやも知れませぬな。
次なる謎、また改めて。
盆の夜です。
座敷に盆棚をしつらえ、白布を掛け、団子と水鉢、野菜と果物を供えました。盆提灯が二張、静かに灯っています。開いた障子の外、庭先には迎え火の細い煙が一筋。夜空には細い月。
町人の男が一人、盆棚の方を向いて正座しています。相手は見えません。けれども確かに、話しかけている。
ご先祖が帰ってこられた ── なら、近ごろの世がどう移り変わったか、ご説明申し上げなければなりません。
そう思って口を開いたところが、どうにも噛み合わない。三つほど、話が食い違います。
御題
【作問修行】
噛み合わない盆ご先祖が、帰ってこられた。
近ごろの世の移り変わりを、ご説明申し上げる。「はて、盆は七月だろう」
「十五夜は葉月の十五日だ。毎年変わるのか」
「梅雨とな。七夕は秋の初めだぞ」三つの食い違い、ご先祖は何を見ておられるのでしょうか。
三つとも、どうにも噛み合わない方へ
三つは、地域の違いでも時代の違いでもありません。数え方が違うのです。
答えを見る
答えは 旧暦 です。
| ご先祖の暦では | 今の暦では | |
|---|---|---|
| 盆 | 七月十五日 | 八月に営む土地が多い |
| 十五夜 | 八月十五日で動かない | 年ごとに日が動く |
| 七夕 | 七月七日・秋の初め | 七月七日・梅雨のさなか |
★三つの食い違いは、それぞれ別の型です。盆は地域で割れ(七月に営む所と八月に営む所)、十五夜は年で動き(日が定まらない)、七夕は名と体が合わない(名は残り、季節だけが移った)。一種類だけでは「土地柄だろう」で止まり、暦までは降りてきません。
三つとも、同じ一つが原因です
ご先祖の言われたことは、一つも間違っていません。
盆は七月十五日。十五夜は八月十五日。七夕は七月七日で、立秋の後ですから秋の初め。旧暦の上では、三つとも寸分の狂いもありません。
食い違ったのは、暦の方でした。明治五年の暮れ、この国は月の満ち欠けで数える暦を捨て、太陽で数える暦へ移りました。日付の名だけが、そのまま新しい暦へ持ち越されたのです。
ですから ──
盆は、七月十五日という名だけが残りました。けれども旧暦の七月十五日は、今の暦では八月の半ばごろにあたります。土地によってはひと月遅らせて営むようになり、七月に営む所と八月に営む所とに割れました。
十五夜は、八月十五日という名だけが残りました。けれども旧暦の十五日は必ず満月です(この理屈は、おまけの一問で説明します)。名を新しい暦へ移せば満月から外れますから、今も月の方に合わせて日を動かしています。
七夕は、七月七日という名だけが残りました。けれども旧暦の七月七日は立秋の後 ── 初秋の行事でした。名を新しい暦へそのまま移したので、梅雨のさなかへ落ちてしまったのです。
三つの食い違いは、地域の違いでも、時代の移り変わりでもありません。暦の数え方が変わり、名だけが取り残された ── それだけの話です。
別解のこと
太陰太陽暦・陰暦は、正解とします。旧暦の正しい呼び名ですから、退ける理由がありません。
改暦も、正解とします。三つの食い違いを生んだ出来事そのものを名指しています。ただ一つ言えば、ご先祖が見ておられるのは出来事ではなく、自分の拠って立つ暦でしょう。
和暦は、正解としません。あれは年号の数え方で、日付の数え方とは別物です。
二十四節気も、正解としません。七夕が秋の初めである一句は説明できますが、盆の月違いも、十五夜の日の動きも説明できません。三つのうち一つしか解けない答えは、三つを束ねた問いの答えにはなりません。
「葉月の十五日」の一句について
この一句だけが、引けば答えへ着ける坂です。
初めは「八月十五日」と書きかけました。けれどもこれでは、今の暦の八月十五日と読まれてしまいます。しかもこの問いを出したのは八月十四日の夜で、その翌日にあたります。「昨日のことか」と別解を呼び込む形でした。
月の名で書けば、その誤読が断たれます。加えて「葉月」の一語そのものが、引けば旧暦へ着く坂になります。
三つの食い違いのうち、調べる手がかりを渡しているのはこの一句だけです。残る二つは、気づいて頂くほかありません。
作りの種明かし ── 書かなかった台詞のこと
御題をもう一度ご覧ください。今の人の台詞が、一つも書かれていません。
初めは、今の人が言い、ご先祖が異を唱える ── その両方を書いていました。けれども気づいたのです。異は、相手の言葉を含んでいる。
「はて、盆は七月だろう」と言われたなら、今の人が「八月」と言ったことは、書かなくてもすでに書かれています。「毎年変わるのか」と驚かれたなら、今の人が日付を告げたことも同じです。
書かないことで、二つ得たものがありました。一つは声が江戸口調で揃ったこと。今の人の台詞が混じれば、そこだけ言葉の色が変わってしまいます。もう一つは字数で、四十八字が浮きました。
結びも三つの案から選びました。「なぜだろうか」では原因を問うことになり、改暦が第一の答えになってしまいます。「何が挟まっている」では「時代」という別解が戻ってきます。「ご先祖は何を見ておられる」なら、答えはご先祖の側にあるもの ── つまり旧暦へ、一つに落ちます。
そして、絵のこと
この問いの絵には、暦も、日めくりも、文字の類も、一つも描いていません。精霊馬も置いていません。
絵が負っているのは場だけで、謎は一つも負っていません。盆の夜であること、ご先祖をお迎えしていること ── それだけが伝われば足ります。
けれども一つだけ、細い月を描きました。あれは二日月です。盆に細い月は掛かりません ── その理屈も、おまけの一問でご覧に入れます。
おまけ
翌日、こんな問いを添えました。
【おまけ謎】
ご先祖の拠る暦では、ひと月がそのまま月の満ち欠け。
ついたちに始まり、満ちて、欠けて、また元の姿へ戻る。さて、その夜。
空を見上げれば、月はどう見えるでしょうか。
「元の姿へ戻る」とは、どの姿でしょうか
ひと月が満ち欠けそのものなら、月の初めの姿と月の終わりの姿は、同じものです。
さて、ひと月の初めに、月はどう見えていたでしょうか。
答えを見る
答えは 新月 です。つまり、月は見えません。
ついたち、とは
旧暦の一日は朔日と書きます。朔とは、月と太陽が同じ方角に並ぶ日で、月は光る側を私たちに向けていません。ですから見えないのです。
「ついたち」という読みは、「月立ち」が転じたものと言われます。月が新たに立ち上がる日 ── その名のとおりです。
そこから月は日ごとに膨れ、十五日には必ず満月となり、また細って、月の終わりには再び見えない姿へ戻ります。そして翌る朔日から、次のひと月が始まる。
ひと月が、そのまま月の一巡り。これが月の満ち欠けで数える暦です。
本問へ戻ると
ご先祖が「十五夜は葉月の十五日だ。毎年変わるのか」と驚かれた理由が、これでお分かりかと思います。
旧暦の十五日は、必ず満月です。日付と月の姿が、初めから結ばれていました。ですから十五夜は毎年八月十五日で、動きようがありません。
今の暦は太陽で数えますから、日付と月の姿が結ばれていません。それで十五夜は、毎年日を動かして満月を追いかけることになりました。
ご先祖にとっては、日付を見れば月の姿が分かりました。私たちにとっては、月の姿を見てから日付を決める。同じ「十五夜」の名で、順序が逆になっているのです。
絵の細い月について
この問いの絵に描いた細い月は、二日月です。
盆は十五日。旧暦の十五日なら、満月でなければなりません。細い月が掛かる盆は、旧暦の盆ではない ── つまりあの絵は、今の暦で営む盆の夜でした。
絵の中に、すでに食い違いが一つ、掛かっていたという次第です。
ご先祖は、何一つ間違っておられませんでした。私たちも、何一つ間違っていません。
ただ、拠って立つ数え方が違うというだけで、話は三つも噛み合わなくなります。
盆に帰ってこられる方々は、今もなお古い暦のままでお暮らしでしょう。だとすれば八月の盆に来て頂くのは、ひと月遅れのお招きなのかもしれませんね。
次の謎は、また改めて。