秋味中抜の膳
染付の角皿が一枚、木の台の上に置かれてござる。
皿の上には、秋刀魚が数尾。されどただ盛られてゐるのではござらぬ ── 一尾ごとに、抜かれた中骨が一筋、身の傍らへ並べて置いてござる。
台の外には、葉のついた山葵が一株と、切り分けられた根が一片。手前の小皿には、おろした山葵と、薬味が少々。
並べられた魚と、抜かれた骨。この膳、食ふために並べたものにはあらず。
御題
【作問修行】秋味中抜の膳
風流を数え、余白を解く。
最後に残るは、何と心得る?
山葵(わさび)の香るこの膳に隠された、日本ならではの「答え」を導き出せるか。
名で読むものと、数で読むもの
膳の上のもの、一つはそのまま名で読み、一つは数へてから読み申す。
数へたるものは、数のまま声に出してごらうじろ。
さすれば、同じ形をしたものが二つ、並んで見えてまいり申す。
答えを見る
答へは 侘び寂び(わびさび)にござる。
| 品 | 読み | 中を抜けば |
|---|---|---|
| 山葵 | わ・さ・び | わ・び → 侘び |
| 秋刀魚 三尾 | さ・ん・び | さ・び → 寂び |
「風流を数へ(=三尾を数へ)、余白を解く(=中を抜く)」といふ二つの所作にて、日本の美意識「侘び寂び」に至る ── さういふ趣向にござつた。皿の上に中骨が並べてござつたは、すでに中が抜かれてゐるといふ合図にござる。
★ 解いた御仁への、二つの土産話
一、「侘び」と「寂び」は、もとは別々の言葉にござる。
「侘び」は動詞「侘ぶ」── 気落ちする、思ふやうにならぬ、落ちぶれる ── より生まれた言葉。「寂び」は動詞「寂ぶ」── 古くなる、色あせる ── より生まれた言葉にござる。
お気づきにござるか。どちらも、もとは嘆きの言葉にござつた。
それが室町より安土桃山にかけての茶の湯にて、足りぬことをみづから選び取る美意識へと転じ、「寂び」のはうは俳諧の世で芯の理念となり申す。二つを「わびさび」と一続きに呼ぶやうになつたは、ずつと後の世のこと。もとより一語であつたわけではござらぬ。
二、山葵は、日本原産の草にござる。
慶長の頃、駿河・有東木(うとうぎ/今の静岡市)の村人が、山に自生してゐた山葵を湧水のほとりへ移し植ゑたるが、栽培の始まりと伝はつてござる。
言ひ伝へによれば、慶長十二年(一六〇七)、駿府城の徳川家康に献上したるところ、いたくお気に召され、有東木の外へ持ち出すことを禁じたとか。葉の形が三つ葉葵の家紋に似てゐたゆゑ、といふ説も添へられてござる。膳の隅の小さな緑には、さやうな来歴がござつた。
別解のこと
わびさび・侘寂・侘び寂び ── 仮名も漢字も、いづれも受け申す。
「侘び」のみ、「寂び」のみは、惜しうござる。中抜きの理までは確かに届いてござる ── 山葵か秋刀魚か、片方の仕掛けを見抜いた御仁にて、そこまで来れば驚きの半分は既にお手元にござる。ただこの膳は二つ揃うて一つの言葉にござれば、片方では膳の半分にとどまり申す。
山葵・秋刀魚は、受け申さぬ。膳に載つてゐる品の名にて、抜いた先の言葉になつてをらぬゆゑ。
余白を作るために、わざわざ物を並べた膳にござつた。
二つの言葉もまた、同じ道を通つてござる。
足りぬと嘆く言葉が、足りぬことを愛でる言葉へ。古びたと嘆く言葉が、古びたものを愛でる言葉へ。 嘆きが、そのまま美の名に転ずる。
膳の上の中抜きは、その転びを小さく写したものにござつた。味はひながら解いて頂けたなら、これに過ぐる喜びはござらぬ。
次なる謎、また改めて。
染付の角皿が一枚、木の台の上に置かれています。
皿の上には、秋刀魚が数尾。ただ盛られているのではありません ── 一尾ごとに、抜かれた中骨が一筋、身のかたわらに並べて置かれています。
台の外には、葉のついた山葵が一株と、切り分けられた根が一片。手前の小皿には、おろした山葵と、薬味が少し。
並べられた魚と、抜かれた骨。この膳は、食べるために並べたものではありません。
御題
【作問修行】秋味中抜の膳
風流を数え、余白を解く。
最後に残るのは、何でしょうか。
山葵(わさび)の香るこの膳に隠された、日本ならではの「答え」を導き出せるでしょうか。
名前で読むものと、数えてから読むもの
膳の上のもの、一つはそのまま名前で読み、もう一つは数えてから読みます。
数えたほうは、数のまま声に出してみてください。
すると、同じ形をしたものが二つ、並んで見えてきます。
答えを見る
答えは 侘び寂び(わびさび)です。
| 品 | 読み | 中を抜くと |
|---|---|---|
| 山葵 | わ・さ・び | わ・び → 侘び |
| 秋刀魚 三尾 | さ・ん・び | さ・び → 寂び |
「風流を数え(=三尾を数え)、余白を解く(=中を抜く)」という二つの所作で、日本の美意識「侘び寂び」に至る ── そういう趣向でした。皿の上に中骨が並べてあったのは、すでに中が抜かれているという合図です。
★ 解いた方への、二つの土産話
一、「侘び」と「寂び」は、もとは別々の言葉です。
「侘び」は動詞「侘ぶ」── 気落ちする、思うようにならない、落ちぶれる ── から生まれた言葉。「寂び」は動詞「寂ぶ」── 古くなる、色あせる ── から生まれた言葉です。
お気づきでしょうか。どちらも、もとは嘆きの言葉でした。
それが室町から安土桃山にかけての茶の湯で、足りないことをみずから選び取る美意識へと転じ、「寂び」のほうは俳諧の世界で中心の理念になっていきます。二つを「わびさび」と一続きに呼ぶようになったのは、ずっと後の時代のこと。もともと一語だったわけではありません。
二、山葵は、日本原産の草です。
慶長の頃、駿河・有東木(うとうぎ/今の静岡市)の村人が、山に自生していた山葵を湧水のほとりへ移し植えたのが、栽培の始まりと伝わっています。
言い伝えによれば、慶長十二年(一六〇七)、駿府城の徳川家康に献上したところ、たいそう気に入られ、有東木の外へ持ち出すことを禁じたとか。葉の形が三つ葉葵の家紋に似ていたからだ、という説も添えられています。膳の隅の小さな緑には、そのような来歴がありました。
別解について
わびさび・侘寂・侘び寂び ── 仮名でも漢字でも、正解とします。
「侘び」だけ、「寂び」だけは、惜しいです。中抜きの理屈までは確かに届いています ── 山葵か秋刀魚か、片方の仕掛けを見抜いた方で、そこまで来れば驚きの半分はもう手元にあります。ただこの膳は二つ揃って一つの言葉ですから、片方では膳の半分にとどまります。
山葵・秋刀魚は、正解としません。膳に載っている品物の名前であって、抜いた先の言葉になっていないからです。
余白を作るために、わざわざ物を並べた膳でした。
二つの言葉もまた、同じ道を通っています。
足りないと嘆く言葉が、足りないことを愛でる言葉へ。古びたと嘆く言葉が、古びたものを愛でる言葉へ。 嘆きが、そのまま美の名前に転じる。
膳の上の中抜きは、その転びを小さく写したものでした。味わいながら解いていただけたなら、うれしく思います。
次の謎は、また改めて。